6月3日に亡くなった「ミスタープロ野球」こと長嶋茂雄さん(時事通信フォト)
野球界はおろか、日本のスポーツ界を象徴する巨星が墜ち、列島に悲しみが広がっている。誰からも愛された長嶋茂雄さんの晩年は、病とともに、家族の苦悩を抱える期間でもあった。【前後編の前編】
長らく背負った「3」のつく日に天国へ旅立ったのも、スーパースターらしいといえるのかもしれない。
6月3日、「ミスタープロ野球」こと長嶋茂雄さんが肺炎のためこの世を去った。89才だった。
「亡くなったのは、都内の私立病院でした。2022年9月に都内の自宅で転倒し、脳内から出血。その後は基本的に入院を続けながら療養していました。野球関連のイベント以外にも、体調がいいときには全国の神社仏閣に足を運んだりしていたそうです。
ただ、数日前から血圧が低下し、予断を許さない状況が続いていました」(スポーツ紙記者)
涙雨となった長嶋さんの死去当日、東京・田園調布にある自宅には30人以上の報道陣が集まり、交通整理のため警察が出動する事態になった。
長嶋さんが無言の帰宅をしたのは、午後1時20分頃。棺が運び込まれる際には、長嶋さんの長男・一茂(59才)と次女・三奈(57才)が揃って手を合わせていた。
直後には、現役時代に「ONコンビ」を組んだ盟友・王貞治ソフトバンク球団会長(85才)が訪れ、最後の別れを告げた。
今年3月、長嶋さんは日本で開幕戦を迎えたロサンゼルス・ドジャースの壮行試合の際に東京ドームに駆けつけ、大谷翔平に激励の言葉を送っていた。大谷は長嶋さんの訃報に触れ、自身のSNSに《心よりご冥福をお祈りいたします》というメッセージとともに、その試合の前に撮られたと思われる写真を投稿した。
「そのときの外出に病院側は難色を示していたほどで、病状はよくなかった。公の場に出たのはそれが最後でした。例年足を運んでいた東京ドームでの巨人の開幕戦も、今年は直前になってキャンセルされました」(前出・スポーツ紙記者)
長嶋さんの訃報は、死去から約2時間後に讀売新聞によって報じられた。
「近頃は、著名人の死去は葬儀が終わってから発表されることも少なくありません。しかし、長嶋さんの場合は、讀売グループとして、“他社に先んじて報じられたくない”というプライドもあったのでしょう。巨人の終身名誉監督ですからね。
通夜・告別式は三奈さんが喪主として近親者のみで執り行われ、後日『お別れの会』が開かれる予定だそうです」(前出・スポーツ紙記者)