実際の〈こうのとりのゆりかご〉の窓口扉にも同じイラストが描かれている(熊本市の慈恵病院公式サイトより)
4歳で「実の子ではない」と出自を知った
──とはいえ、航一さんは「自分は両親の実の子ではない、〈こうのとりのゆりかご〉に預けられた子だ」ということを、早い段階で知らされたそうですね。
宮津:養子や里子として育てている子に出自の事実を伝えることを《真実告知》といいますが、私は4歳頃から両親とその話をしていたと思います。
というのも、熊本では毎年5月10日に〈ゆりかご〉開設から何年というニュースが流れ、必ずその扉の絵が映るんです。それを見た私は「ここに行ったことがある」と母に言ったらしくて。そのとき「あなたはここから来たんだよ」と聞いたのが、最初だと思います。
──それを知ったときはどんな思いでしたか。
宮津:私が〈ゆりかご〉に預けられたのは3歳なので、生後すぐの赤ちゃんとは違い、自分の環境の変化はわかっているんです。その後は児相に行き、里親の両親に引き取られたことも覚えているので「それはそうだよね」とすんなりと受け入れていました。
ただ、外に出ると「自分は他の子とは違うんだ」と意識することはありました。
──どんなときにそう感じましたか。
宮津:小学校低学年の頃に「自分の生い立ちを調べよう」という授業があったんです。台紙に自分が生まれた頃の写真を貼ったり、名前の由来を書いたりして発表するようなものでした。
そうすると、ほとんどの子は赤ちゃん時代の写真を持っているわけです。ところが自分には当然、赤ちゃん時代の写真がありません。
