ライフ

【逆説の日本史】「太平洋戦争」と「禁門の変」に共通する「正義」隠蔽の陰謀

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。今回は近現代編第十五話「大日本帝国の確立X」、「ベルサイユ体制と国際連盟 その8」をお届けする(第1459回)。

 * * *
 ここ数年のことではあるが、私は大日本帝国が一九四一年(昭和16)十二月八日に始めた戦争を、「太平洋戦争」では無く「大東亜戦争」と呼んでいる。それは、あの時代に当事者がそう呼称していたからで、まず歴史上の事実として名称を確定しておくのが、歴史を研究する者として正しい態度だと考えるからだ。

 たとえば、大日本帝国が中華民国と始めた戦争は当時「支那事変」と呼ばれたのだから、まずこの言葉を教えなければならない。もちろん、これが実質的には「日中戦争」つまり大日本帝国と中華民国の戦争であったことは必ず教えなければいけないが、この「支那事変」という言葉を「消して」しまうと、当時の軍部が「これは正式な宣戦布告をしていないから、単なる軍事衝突に過ぎない」と強弁して国民を欺いていたという重大な歴史的事実が隠蔽されてしまう。

「ノモンハン事件」も同じことで、あれは実際にはモンゴル人民共和国およびソビエト連邦との戦争であるが、これを「戦争」と言い換えてしまうと、陸軍がこれを「事件」と呼んで事態を矮小化しようとした事実が消されてしまう。

「文禄の役」「慶長の役」もそうだ。とくに「慶長の役」は朝鮮に対する侵略戦争であることは事実だが、当事者の豊臣秀吉はこれを「唐入り」と呼ばせた。最終目的は「唐」(中国。当時は明)の制圧だったからだ。したがって教科書に「秀吉の目的は中国(明)の制圧であったが失敗し、結果的には朝鮮への侵略戦争に終わった」と書くならいいが、私がこの『逆説の日本史』を書き始めたころは「『唐入り』と言うな。朝鮮侵略と言え」という歴史学者が歴史学界の大半を占めていた。

 じつに滑稽なことだが、彼らはそれが「良心的」な態度だと信じ込んでいた。私の言うことをお疑いなら、この時期に刊行された秀吉の時代の歴史書や論文をお読みになれば一目瞭然である。歴史研究者にとって真の良心的な態度とは、まず過去に使われた歴史的名称を正確に紹介することである。分析や論評はそれをやってからの話だ。しかし、この世界中どこの国であってもあたり前のことが、日本だけ通じない。

 なぜそうなるかは、この『逆説シリーズ』の愛読者ならばよくご存じだろう。言霊信仰である。「言葉を換えれば事態は変わる」「差別語を追放すれば差別は無くなる。少なくとも助長されることは無い」などという「信仰」が深層心理に残っているから、言葉を言い換えることで「自分は良心的な人間だ」と思い込みたいのである。日本人の基本的信仰を知らないから、本当の日本の歴史を知らないから、こういうことになる。

 しかし、こんなことを偉そうに言っている私も、昔は「大東亜戦争」と言わずに「太平洋戦争」と呼んでいた。子供のころから周りの人間がそう呼んでいたので、ついつい従ってしまったのだが、じつはこれはアメリカの陰謀であることはご存じだろうか。

 敗戦後、日本を占領したアメリカ軍はGHQ(占領軍総司令部)の意向として新聞などのマスコミや歴史学界に対して「大東亜戦争」という歴史的名称を使うことを実質的に禁じた。実質的というのは、「大東亜戦争という単語を使うな」という禁令が出されたわけでは無いからだ。しかし、あの時代にGHQは日本で発行される公共的印刷物をすべて検閲していたから、禁令など出さなくても目的を達成することはできた。

 実際、この時代に発行された新聞・雑誌その他印刷物に「大東亜戦争」という単語は一切見られない。もちろんそれはラジオなどでも同じことで、結局GHQが廃止された後に始まったテレビ放送でもその「禁令」は生き続けた。しかしこれは、じつに不正確な言い方である。たとえば、現在日本の大手マスコミの一つである共同通信は「太平洋戦争」という用語について、次のように解説している。

〈太平洋戦争
旧日本軍が米ハワイの真珠湾にある米軍基地を1941年12月8日(現地時間7日)、奇襲攻撃し、【英領マレー半島にも侵攻して始まった米英などの連合国との戦争】。日本は37年から続けていた日中戦争と両面展開した。太平洋や東南アジアなどに戦線を広げたが、米軍は45年3月、沖縄に上陸し、8月には広島、長崎に原爆を投下。ソ連が参戦して満州(現中国東北部)に侵攻すると、日本は連合国によるポツダム宣言を受諾し、無条件降伏した。多くの命が奪われ、日中戦争からの死者は日本人だけで約310万人とされる。〉
(『共同通信ニュース用語解説』共同通信社刊 【 】引用者)

 お読みになれば一目瞭然であり、これまでにも解説したとおりだが、昭和十六年に大日本帝国が始めた「あの戦争」は、ほぼ同日に海軍が東の太平洋でアメリカを、陸軍が西のマレー半島でイギリスを奇襲攻撃したことによって始まった。そしてこの奇襲は両方とも成功を収めた。だからこそ国民は熱狂したのである。

関連キーワード

関連記事

トピックス

茨城県水戸市のアパートでネイリストの小松本遥さん(31)が殺害された
《水戸市・31歳ネイリスト女性死亡》「『誰かのために働きたい』と…」「足が早くて活発な子」犯人逃走から6日間、地元に広がる悲しみの声
NEWSポストセブン
浅田真央と村上佳菜子の“断絶関係”に変化
《声をかけて寄り添って》浅田真央と村上佳菜子の“断絶関係”に変化 沈黙から一転、見られていた「雪解けの予兆」
NEWSポストセブン
新宿の焼肉店で撮影された動画が物議(左は店舗のInstagramより、右は動画撮影者より提供)
《テーブルの上にふっくらとしたネズミが…》新宿・焼肉店での動画が拡散で物議、運営会社は「直後に殺処分と謝罪」「ねずみは薬剤の影響で弱って落下してきたものと推察」
NEWSポストセブン
新年一般参賀に出席された秋篠宮家次女・佳子さま(2026年1月2日、撮影/黒石あみ)
《新年一般参賀で見せた“ハート”》佳子さま、“お気に入り”のエメラルドグリーンドレスをお召しに 刺繍とハートシェイプドネックがエレガントさをプラス
NEWSポストセブン
元仙台高裁判事の岡口基一氏
「裁判所当局が嫌がった核心は白ブリーフだった」 弾劾裁判で法曹資格を失った岡口基一氏が振り返る「岡口裁判の急所」とは 裁判所と司法記者クラブの問題点も指摘
NEWSポストセブン
新年一般参賀に出席された皇后雅子さま(2026年1月2日、撮影/黒石あみ)
《新年一般参賀の“ブルーリンク”コーデ》皇后雅子さまはスタンドカラーでフォーマルに、愛子さまはマオカラー風で親しみやすさを演出
NEWSポストセブン
ネイリストの小松本遥さん(31)が殺害された水戸市のアパート
「赤ちゃんをかばおうとしたのか…」「複数の凶器で犯行」水戸市で死亡のネイリスト女性(31)がかつて警察に相談していた“人間関係トラブル” 
NEWSポストセブン
1995年、チャリティーゴルフ前夜祭に参加した“ジャンボ”こと尾崎将司さん(左)と長嶋茂雄さん
【追悼・ジャンボとミスターの物語】尾崎将司さんと長嶋茂雄さん、昭和のスポーツ史に名を刻んだレジェンド2人の重なる足跡 ライバルと切磋琢磨し、後進の育成に取り組んだ
週刊ポスト
松田烈被告
「スマホから『映してください』と指示の声が…」ネットで“性的暴行してくれる人を募集”した松田烈被告(28)、被害女性が語った“外道すぎる犯行”
NEWSポストセブン
真美子さん(共同通信)が使用していたブランドとは
《ハワイ・ファミリーデートで真美子さんが持っていたプチプラバッグ》「同年代インフルエンサーのアスレジャーブランド」か?と話題に 実用性の高いトートバッグ、大谷は「娘のベビーカー担当」
NEWSポストセブン
郭広猛博士
【MEGA地震予測・異常変動全国MAP】「奥羽山脈周辺に“異常変動”が集中」「千葉県が大きく沈降」…2026年初めに警戒すべき5つの地域
週刊ポスト
ジャーナリストの溝口敦氏(左)とフリーライターの鈴木智彦氏
《溝口敦氏×鈴木智彦氏が対談》山口組抗争終結後の暴力団 勝ったはずの六代目山口組含めて勢力は縮小、トクリュウのほうが経済規模も大きく勢いがある現状
週刊ポスト