パリの歴史ある森で衝撃的な光景に遭遇した__
車が行き交う通りを離れ、獣道のような細い森の小径を進むと、やがて木々の間に簡素な“部屋”が姿を現した。それはテントと呼ぶには、あまりに脆弱なつくりだった。2本の木に紐を渡し、それを支柱代わりにして、そこに高さ2メートルほどの布を垂らしただけ。床はぬかるんだ土のままで、広さは1畳にも満たない。周囲には破られたコンドームのパッケージが散らばっている。【前後編の後編。前編を読む】
「これで十分なのよ」と女性はスペイン語で話した。
長年の疲労に慣れきった顔には、妙な明るさが宿っていた。名前はエレナ(仮名)。31歳で、ペルー出身だという。スペインでもセックスワークをしていたが、10年前にフランスへと渡ってきた。
「こんな暗い場所で毎日仕事をしていて寂しくないんですか?」
エレナは再度、記者にタバコを1本せびった後、少しの間、ひとりで何も言わずに煙を吐いた。視線は森の奥に向いたままだった。やがて、ぽつりとつぶやくように言った。
「私にはもう両親も、子どももいない」
語調には取り乱した様子はなかった。ただ事実だけを切り出すような、乾いた声だった。
エレナは現在、パリ郊外の安ホテルで暮らしている。宿泊費は1日50ユーロ。売春で稼がなければ、寝る場所すら失う。
「私たちは雨でも雪でも、冬の寒い日でも、ここに立たなきゃならない。毎日。フランスの物価は高すぎるし、ここは安全とは言えない」
その「安全ではない」という言葉の意味は、時間とともに少しずつ見えてきた。