作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』
ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。今回は近現代編第十五話「大日本帝国の確立X」、「ベルサイユ体制と国際連盟 その10」をお届けする(第1461回)。
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人類の持つ最大の因習である人種差別を撤廃するという方向性を確立したのは、まさにアジア・アフリカ諸国のなかでいち早く近代化を達成した日本であった。そして、国と国との大規模な総力戦で有色人種の国家として初めて白人国家ロシアに勝利した大日本帝国は、続く第一次世界大戦では局地戦とはいえドイツにも勝利し、有色人種の国家として初めて欧米列強に並んだ。その立場上ある意味で当然だが、人種差別の撤廃を訴えたのである。
きわめて重要なことは、人種差別撤廃案を人類初の国家を超えた調整機関である国際連盟の規約に盛り込むことには失敗したが、大日本帝国自体がその理事国として認められたということだ。これは、たとえばアメリカで「初の黒人大統領が選出された」ことなどと同じで、やはり人類初の快挙なのである。
論理的に考えればどう考えてもそうなのだが、おそらく読者のみなさんはほとんど強く認識していなかったのではないか。なぜそうなったのかはおわかりだろう。古くはアメリカの「太平洋戦争」という用語強制による洗脳、そして新しくは左翼歴史学者による史実の矮小化。わかりやすく言えば、大日本帝国の悪事は誇張し善事は省略するか小さく見せる、というやり方である。
たとえば「従軍慰安婦問題」など反日マスコミによる捏造報道、社会民主党などの反日政治勢力による共産国家の美化(「北朝鮮は日本人拉致などしていない」)が加わり一時はひどいものだったが、最近は少しマシになってきた。すでに朝日新聞は従軍慰安婦に関する一連の報道が虚偽であったことを認めたし、この稿を執筆している時点で社会民主党は国会議員が三人しかいない。
しかし、学問の自由を隠れ蓑にした左翼歴史学者たちはまだまだ日本人を、かつてのアメリカ軍のように洗脳しようとしている。私は彼らの主張でも歴史的に見て正確な部分は排除しない。あたり前のことだ。誰が言おうと事実は事実なのだから。しかし、特定の事実だけを誇張し別の事実は隠蔽するというのは、歴史研究者として正しいやり方では無い。
彼らの言うことがまるっきり捏造ならば、厳しく糾弾することができる。たとえば「朝鮮戦争は韓国のほうが先に仕掛けた」などというような大ウソである。さすがに彼らも最近はそこまですると信用を無くすので、師匠や先輩が言っていた大ウソを引き継いではいないが(当然するべき批判もしていないが)、「事実」をうまく使って「真実」をうまく隠蔽することは得意中の得意である。
その「技術」についてはここ数回でご紹介した。彼らが作った教科書をわざわざ長文にわたって引用したのは、そのためである。あの教科書の記述のなかに「ウソは無い」が、「事実」を巧みに「取捨選択」し肝心の「真実」を隠す手口は、まさに「名人芸」(笑)と言ってもいいだろう。くれぐれもご用心を、と申し上げておこう。
あらためて彼らの隠蔽しようとした真実をまとめるなら、「大日本帝国は人類の歴史上初めて人種差別撤廃を世界に求めた国家であり、のちの大東亜戦争もアングロサクソンを中心とする有色人種差別をこの世から無くすため、という崇高な目的があった」ということである。
何度も言うが、それは大東亜戦争が聖戦であり、一〇〇パーセントの正義であったということでは無い。そもそも人類のやることに一〇〇パーセントの正義などほとんど無いが、「人種差別をこの世から無くす」ということは大東亜戦争の目的の一つではあったがすべてではないし、その目的あるいは戦争を始めたこと自体すべて正しいと主張するつもりも無い。ただし、できるだけ双方の事情を正確に公平に記述したうえで歴史的事象を分析研究するのが、歴史研究者としての正しい態度だと考えている。
さて、こういうことを言うと、いわゆる左翼歴史学者たちは、さっそく「名人芸」を発揮して「大日本帝国は有色人種を差別する国家であった。その証拠に朝鮮人差別があった」と言い出してくるかもしれない。たしかに、それは事実である。当時、朝鮮民族は日韓併合の結果すべて日本人だったから朝鮮系日本人というのが正確な言い方だろうが、それに対する差別は明白にあった。