フィアットでドーベルマンとともに、戦地を駆ける(撮影・横田徹)

フィアットでドーベルマンとともに、戦地を駆ける(撮影・横田徹)

世界初の最前線従軍取材へ

 キーウを抜けると広大な耕作地が延々と連なる。麦畑や野菜畑が地平線まで続く光景はまるで北海道のようだ。2001年の同時多発テロをきっかけに始まったアフガニスタン、イラクでの対テロ戦争、アラブの春以降のリビア、シリアでの内戦を長く取材してきたが、月面のような荒野や砂漠ばかりを目にしていたので、人間の手の入った緑の大地は新鮮だった。

 道中いたるところに警察やウクライナ軍の検問所があり、街や村を出入りする車両を厳しくチェックしている。リヴィウと表記した車のナンバーが付いたフィアット500は必ず停車をさせられる。車内を覗き込んだ兵士は「お! 日本人」と小さく驚き、後部座席を覗くと「おおー!ドーベルマン?」とビックリする。すぐに笑顔になり検問も難なく通してくれた。日本人とドーベルマンの組み合わせはフリーパスなのか。中には昼食を食べていけと誘ってくれる兵士もいるほどだ。「ドッグ・セラピー」という言葉があるぐらいだから、ドーベルマンを連れてきたのは案外、間違っていなかったのかもしれない。

 ロシア軍によって国内のガソリンの貯蔵庫が破壊されたウクライナでは、ガソリンの入手に苦労する。リシェットがジョージア部隊の所属証明書を持っていたことで優先的に入手できるのがせめてもの救いだ。ガソリンスタンドを探すことと、パトリックのトイレ休憩と散歩で移動時間の多くを費やしていた。2日後に東部の工業都市ドニプロに着いた我々はウクライナ軍関係者に電話をかけて取材申請をしたが、従軍の許可が下りず途方に暮れていた。そんな時、マムカ司令官から連絡が入った。

「ドニプロにいるので市内のショッピングモールに近い高架下に来てくれ」

 急いで指定された場所に向かうと、3人の部下とともに加熱式タバコを吸いながら待っていた。

「ジョージア部隊の最前線の従軍を許可する」

 うれしくて雄叫びを上げ、マムカ司令官の手を強く握り感謝の意を伝えた。

「ヘルメット、レベルⅣの防弾プレート入りのベストは持って来ているね? 最前線は非常に危険だから気をつけるように。ジョージア部隊の最前線の従軍は世界で君が初めてだよ」

 基本的にウクライナ軍はメディアの従軍を許していない。ジャーナリストが偶然撮影した機密性の高い兵器や重要な施設の写真や映像をロシア側に見られた場合、攻撃対象になりかねないからという理由もある。もし私が重傷を負うか、もしくは死亡した場合、マムカ司令官はジョージア部隊といえどもウクライナ軍傘下にある部隊の責任者という立場上、窮地に立たされるだろう。それでも許可してくれたことに感謝の気持ちでいっぱいだった。

 従軍が世界初ということならば、アクセル全開でとことん突き進むしかない。

 我々はドニプロから東へと向かった。車窓に流れる牧歌的な風景をぼんやり眺めていると、ここで戦争が起きている実感が湧いてこない。キーウやドニプロなどの都市部では欧州車、日本車ばかりだったが、田舎の道行く車は私が日本で乗っているラーダニーヴァやラーダのセダン、ワズなど30年前の古いロシア車が目立つ。都市部と地方の格差、ヨーロッパ圏からロシアに近づいているということが車からわかった。

 リシェットはパトリックを散歩させるために何度も車を停める。私は尿意を催し、広大な菜の花畑に車を停めて気持ちよく放尿していると、上空からジェットエンジンの轟音が聞こえる。周囲を見回すと1機の戦闘機が私の目の前に飛来した。あの形状はおそらくSu─27フランカーだろう。一瞬、ロシア軍機かと思い、放尿途中ではあったが花畑に飛び込むところだった。ロシア軍もウクライナ軍も同じ兵器を使っているので紛らわしいことこの上ない。戦闘機は上空で弧を描くと西の方へと飛び去って行った。

前編から読む】

◆プロフィール
横田徹(よこた・とおる)/1971年、茨城県生まれ。1997年のカンボジア内戦をきっかけにフリーランスの報道カメラマンとして活動を始める。その後、インドネシア動乱、東ティモール独立紛争、コソボ紛争など世界各地の紛争地を取材。9・11同時多発テロの直前、アフガニスタンでタリバンに従軍取材。2007年から2014年までタリバンと戦うためにアフガニスタンに展開するアメリカ軍を従軍取材。2013年、ISISの拠点ラッカを取材。2017年、イラクがISISを撃退したモスル攻防戦を取材。2022年5月、ロシアによる侵攻を受けたウクライナで従軍取材。話題の新著『戦場で笑う 砲声響くウクライナで兵士は寿司をほおばり、老婆たちは談笑する』(朝日新聞出版刊)の刊行時にウクライナ戦争の取材は7回を数える。

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