判決言い渡しの直前にボウヤー被告が独占取材に応じた。部屋には高価なアートが多数飾られていた(撮影:水谷竹秀)
ボウヤーは水原のスキャンダルが発覚する半年前の2023年10月、米捜査当局の家宅捜索を受け、違法なスポーツ賭博の運営を行ったとしてのちに起訴された。その判決が8月29日(現地時間)、米連邦地裁で言い渡される直前に、私の取材に応じたのだった。
太い両腕にはタトゥーがびっしりと入り、引き締まった体の胸板は厚い。その風貌や「違法賭博の胴元」という肩書きのイメージとは裏腹に、彼は私に偉ぶるようなそぶりを見せず、きちんと質問に答えた。もしかすると水原も、この腰の低さに気を許したのかもしれない。
冒頭のポーカー大会は、2021年9月、サンディエゴの海沿いに浮かぶ4つ星ホテルで行われた。現地で行われたパドレスとの試合終了後、ホテルに戻った仲間たちで始めたのだという。
「その時、一平はスマホでスポーツ賭博をやっていたんだ。それを見た友人が『ヘイ! ここにいるマット(ボウヤーの愛称)もスポーツ賭博を運営しているよ』と声をかけ、一平を紹介してくれた。彼はその日のうちに俺の賭博のウェブサイトにアカウントを作り、翌日にはもう賭け始めていたよ」
水原が語った「支払いは心配ないよ」
南米コスタリカを拠点にスポーツ賭博を運営していたボウヤーには当時、顧客が約700人いた。そのうち最も多額のカネが入るのが、大谷の口座からの入金だったという。
「俺が運営していたスポーツ賭博によって一平の人生を破壊してしまったことは、反省しているよ」