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【逆説の日本史】「支援」では無く「培養」であった日本軍と張作霖の利害関係

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。今回は近現代編第十六話「大日本帝国の理想と苦悩」、「大正デモクラシーの確立と展開 その13」をお届けする(第1478回)。

 * * *
 前回紹介した『岩波 世界人名大辞典』(岩波書店刊)電子版(2025年12月現在)の中国三大軍閥直隷派を継承した曹コン(かねへんに昆)の項目の記述のなかで、あきらかに間違っているのは「大規模な国会議員への買収工作(賄選)により大総統に当選 [1923] するも、第2次安直戦争に敗れて失脚」という部分だ。曹コンが失脚したのは「第2次奉直戦争」であって、「第2次安直戦争」では無い。そもそも「安直戦争」は曹コンの中華民国大総統当選(1923年)以前の話(1920年)であり、「第2次」は無かった。では、安直戦争とはどういうものか?

〈安直戦争 あんちょくせんそう
1920年7月に中国で起こった安徽(あんき)派(段祺瑞(だんきずい))と直隷(ちょくれい)派(曹コン(そうこん)、呉佩孚(ごはいふ))との北洋軍閥間の戦争。中国では直皖(ちょくかん)戦争という。1916年の袁世凱(えんせいがい)の死後、頭目を失った北洋軍閥は、いくつかの勢力に分裂したが、イギリス、アメリカに支えられた直隷派と、日本に支えられた安徽派(皖系ともいう)が二大勢力であった。安徽派は1919年の五・四(ごし)運動で大打撃を受け、一方、直隷派は、民党、西南軍閥との和平解決を主張する馮国璋(ふうこくしょう)を失ってから、実権が曹コン、呉佩孚に移り、華中、華南地方に勢力を伸ばし、さらに奉天派(張作霖(ちょうさくりん))と結んだ。安直両派の対立は、1920年5月呉佩孚の北上によって激化し、7月14日には両派軍隊の衝突となったが、4日間で直隷派が勝利し、その全盛時代を迎えた。以後直隷派は従来の対南方和平主義を捨てて武力統一政策をとったため、これに対抗して南方派の第一次北伐、ついで奉直戦争が起こった。〉
(『日本大百科全書〈ニッポニカ〉』小学館刊 項目執筆者加藤祐三)

 前回の記述を思い出していただきたい。日本の寺内正毅内閣は、中国三大軍閥のうち安徽派の段祺瑞をもっとも高く評価して、「西原借款」で莫大な資金を提供した。段祺瑞は首尾よくライバル直隷派の馮国璋を追い落とした。ここまではよかったが、直隷派を軍人としては馮国璋より優秀な曹コンが継ぐと、部下の呉佩孚を上手く使って英米の援助を得、また奉天派の張作霖と同盟することによって安徽派との最終決戦、つまり安直戦争に大勝利を収めたのだ。

 それは、安徽派から見ると兵のほとんどを失う大惨敗で、これ以後安徽派は事実上消失し、段祺瑞は命は永らえたものの権力のすべてを失った。ちなみに、現在七十歳以上の方ぐらいしか記憶に無いと思うが、かつて中国福建省から来日し「碁の神様」とまで言われ一大旋風を巻き起こした囲碁棋士の呉清源(本名・呉泉)は、少年時代に段祺瑞と対局したことによって世に見出され、援助を受けていた。「清源」という号を与えたのも段祺瑞だ。むしろ文化人の側面があったことが、軍人としての弱さを招いてしまったのかもしれない。人間というものは難しいものだ。

「両雄並び立たず」という言葉がある。このときもまさにそうで、安徽派という共通の敵がいなくなると今度は張作霖の奉天派と曹コンの直隷派の対立が深まり、両者は激突した。これが奉直戦争である。この争いは、二度にわたって戦われた。

〈奉直戦争 ほうちょくせんそう
1920年代の中国の軍閥戦争。東三省(清(しん)から中華民国にかけて、山海関以東の、遼寧(りょうねい/リヤオニン)、吉林(きつりん/チーリン)、黒竜江の三省からなる、いわゆる「満州」の地)で日本に培養されつつ勢力を得た奉天軍閥張作霖(ちょうさくりん/チャンツオリン)は、安直戦争(安徽(あんき)派と直隷(ちょくれい)派の戦争)のあと、直隷派を支持するとみせて山海関南部に進入、イギリス、アメリカ勢力を背後にもつ直隷派と対立した。22年4月京漢線沿線を中心に両派は戦ったが(第一次奉直戦争)、奉天派は一撃を受け東三省に退いた。しかし24年北京(ペキン)政権の座にある直隷派にふたたび大掛りな軍閥戦争を挑んだ(第二次奉直戦争)。こんどは直隷派の馮玉祥(ふうぎょくしょう/フォンユイシヤン)の寝返りもあって、奉天派は北京進出に成功した。(以下略)〉
(『日本大百科全書〈ニッポニカ〉』小学館刊 項目執筆者安藤彦太郎)

「以下略」とした部分には、張作霖が日本軍によって爆殺される「満洲某重大事件」(1928年)について述べられているのだが、それはいずれ詳しく取り上げることになるのでここでは省略しよう。また念のためだが、馮玉祥は直隷派の総帥馮国璋とはもちろん別人で、息子でも無いようだ。このあたりは人名も含めて非常にややこしくてわかりにくいのだが、冒頭で述べたように曹コンが失脚したのは「第二次奉直戦争」の敗北によるもので、「第二次安直戦争」では無い。

 そもそも安直戦争には「第二次」は無かった。つまり、これもあえて日本の例に例えれば「石田三成が失脚したのは『関ヶ原の戦い』では無く、『第二次大坂の陣(大坂の陣は冬の陣と夏の陣で2回あった)』だった」と書いてあるようなものなのである。

 本来はあり得ない間違いなのだ。いったい、なぜこんなミスを犯してしまったのだろう?

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