以前にも述べたように、張作霖はそもそも馬賊で日露戦争において最初はロシアの密偵として動いていたが、逮捕され処刑されるところを児玉源太郎参謀次長に救われ、以後は田中義一少佐のもとで日本のために働き、日本が日露戦争に勝ったことによって馬賊の大頭目にのし上がった。

 ここで注意すべきは、張作霖は現場で情報活動していたため当時の最新鋭の軍備について熟知していたということである。それが段祺瑞や曹コンなどの正式な軍人と異なる、彼の強みであった。彼の本拠は満洲(東三省)だけ。日本の戦国時代に例えれば、三か国を領有していたにすぎない。当然、中央部を抑えていた安徽派や直隷派にくらべれば、国力は数段劣る。動員する兵力も、彼らにくらべれば少ない。それでも強力だったのは軍備が優れていたからだ。

 古い武器を高い値段で売りつけられていた清朝や中華民国とは違い、張作霖の装備は最先端に近いものであった。なかには日露戦争のどさくさに紛れてロシア軍から鹵獲したものもあったろう。つまり、少数だが精鋭の部隊なのである。それが直隷派に味方したからこそ安徽派は壊滅に等しい打撃を受けた。当時の日本陸軍がどう考えたかもおわかりだろう。「張作霖め、これまでの恩義を忘れやがって!」である。

 しかし安徽派が壊滅した以上、他にどこかに日本の手先となってくれる勢力が無いと、日本は中国から完全に手を引く形になり英米の独壇場になってしまう。それを防ぐためには、「敵の敵は味方」のたとえどおり、「裏切り者」の張作霖と組むしかない。前出の「奉直戦争」の項目で「いわゆる『満州』の地で日本に培養されつつ勢力を得た奉天軍閥張作霖」とあるのは、このことである。

「支援」では無く「培養」という表現は、じつに上手い。当時の日本と張作霖の関係を、的確に表している。人間は「支援」されれば勢力は増大するし、してくれた側に感謝もする。一方、カビは「培養」されれば勢力は増大するが、してくれた側に感謝するどころか害を与えることすらある。言い得て妙とはこのことで、日本軍と張作霖の関係とはそういうものだった。

 張作霖には張作霖の言い分がある。彼の心情を代弁すれば、「たしかに昔、日本軍に命を助けられたこともあったし、馬賊の大頭目になれたのも日本のおかげかもしれん。だが、日本が満蒙独立を仕掛けたとき、日本は手先となった外モンゴルのバボージャブに肩入れしてオレを爆殺しようとしたではないか。恩義があったとしても、それで帳消しだ」ということだ。

 このあたりのことは、先月発売された単行本最新刊『逆説の日本史 第二十九巻 大正暗雲編』に詳述してある。あらためて参照していただければ幸いである。ちなみに、このとき日本はバボージャブを支援していたにもかかわらず袁世凱が急死すると手のひら返しで安徽派に接近を図り、見捨てられたバボージャブは敗死した。張作霖から見れば、「日本はパートナーとしてはいま一つ信頼が置けない」ということにもなる。

 ここで本来の時系列に戻ろう。安直戦争の勝利者同士が争った第一次奉直戦争では、とりあえず直隷派の曹コンが勝った。そして曹コンは中華民国大総統になろうと考えた。じつは、それに反対したのが腹心の呉佩孚だった。とりあえず傀儡政権を樹立して勢力を拡大しようというのが呉佩孚の考えだった。曹コンもここで呉佩孚と対立すればせっかく手に入れた「天下」を失う。そこで双方妥協の末、引退していた黎元洪を大総統(第5代)として祀り上げた。

 穏やかな性格で人望があり野心も無い黎元洪は、旧知の孫文と連絡を取り平和的な文官優位の国家を作ろうとしたのだが、ときすでに遅く第二革命の失敗で軍閥勢力に敗れた孫文は広州に「中華民国正式政府」を樹立しており、こちらのほうが正統な「中華民国」だと世界に宣言していた。曹コンもいまさら孫文と妥協する気は無い。そうこうするうちに曹コンと呉佩孚の対立がのっぴきならないものとなり、危機感を抱いた曹コンはアメリカの支持を得て大総統になるという策を思いつき、対米工作を開始した。

 その工作は成功した。当時のアメリカ大統領は、第二十八代ウッドロウ・ウィルソン(民主党)の後を受けた第二十九代ウォレン・G・ハーディング大統領(共和党)だったが、一九二二年六月、「中国統一を支持する声明」を発表した。これは曹コンを直隷派の総帥としてだけで無く中華民国の唯一の代表として認めるもので、しかも、アメリカの複数の民間銀行が中国統一を援助する用意があると宣言する「オマケ」までついていた。アメリカにしてみれば、長年の懸案である南北戦争以来列強のなかで後れを取っていた中国市場への進出を、一挙に挽回しようという目論見もあっただろう。

 だが、この目論見は大失敗に終わった。

(第1479回に続く)

【プロフィール】
井沢元彦(いざわ・もとひこ)/作家。1954年愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代の1980年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞、歴史推理小説に独自の世界を拓く。本連載をまとめた『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』『真・日本の歴史』など著書多数。現在は執筆活動以外にも活躍の場を広げ、YouTubeチャンネル「井沢元彦の逆説チャンネル」にて動画コンテンツも無料配信中。

※週刊ポスト2026年1月30日号

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