そしてもっと重要なことは、そのミスにどうしてこれまで誰も気がつかなかったのか、ということだ。ことさらに権威ある事典のミスをあげつらおうというわけでは無い。しかし、これ自体歴史の一項目として、きわめて不思議な現象では無いか。執筆者も編集者も校正者も近現代史の歴史学者も、誰一人気がつかなかったということなのだから。
とくに、歴史学者と呼ばれる人たちは論文を一字一句誤らないようにすることに対してきわめて厳しい態度を取る。あらゆる「業界」のなかでも有数の「些細なミスを許さない」人々である。そういう人たちの目をどうやってくぐり抜けたのか?
日本VS英米の「代理戦争」
結論は一つしか無い。要するに、このあたりの話については専門学者の関心がきわめて薄い、ということだろう。世界史では無く日本史人名辞典で、例えば「坂本龍馬」の項目について権威ある辞典が「龍馬は土佐藩士では無く、長州藩士(正確には郷士)」などと記述することはあり得ないし、もし万一そんなことが起こったらそれこそ鬼の首でも取ったように非難が殺到し、誤りは直ちに訂正されるだろう。
そういう現象が「安直戦争」についてはまったく起こっていない。つまり、歴史学界すらこの戦争についてはほとんど関心が無いということだろう。
ここで、あえて読者のみなさんに問いたいが、あなたは安直戦争あるいは奉直戦争という言葉をご存じだっただろうか? おそらく、ご存じ無かったのではあるまいか。専門学者ですら「関心が薄い」話なのである。私の予測だが、おそらくほとんどの読者がこの言葉をご存じ無かったのではないかと思う。
では、それでいいのか?
いいはずが無いということは、おわかりだろう。安直戦争の敗者段祺瑞は日本の援助を受けており、勝者の曹コンは英米の援助を受けていた。つまりこれは「安直」の直接闘争であると同時に、中国の覇権をめぐる日本対英米の代理戦争でもあったのだ。少し大仰かもしれないが、大東亜戦争はじつはこのあたりから始まっているのである。
ここで重要なのは、奉天派の張作霖が安徽派の段祺瑞では無く直隷派の曹コンに味方していることだ。張作霖と言えば、日本人は「張作霖爆殺事件」のことは知っており、その動機についても「軍閥の大物で日本に従わなかったから」などという認識はあるものの、事件以前の張作霖についてはまったく知らないというか常識になっていない。しかしどんなことでもそうだが、人と人とのつながり、組織と組織とのつながりには深い歴史がある。