2008年の北京五輪での苦い経験
もちろん、WBCに出場しなくても故障や不調のリスクはあるが、とりわけ阪神は国際試合で苦い経験があるだけに、関係者は神経を尖らせる。
それが2008年夏の北京五輪だ。大会はシーズンの最中で、独走状態だった阪神から4番の新井貴浩、捕手の矢野燿大、抑えの藤川球児の3人が星野仙一監督率いる日本代表に選ばれた。同年にFA移籍で阪神入りした新井は、代表でも4番・ファーストで全試合にフル出場したが、大会終了後に故障が判明し、離脱。ペナントでは大逆転を許した。
当時の阪神監督・岡田彰布氏はかつて本誌・週刊ポスト取材にこう嘆いていた。
「腰に不安があった新井が心配で、球団の専属トレーナーを北京に同行させたくらいや。フル出場してるから帰ってきてからもアテにしていたら腰椎の疲労骨折やった。星野監督からの説明? そんなもん何もないがな」
開幕前のWBCと条件は異なるが、そこでの主力の故障がチームの命取りになるのは変わらない。
“2008年の悪夢”をチームの守護神として目の当たりにしていたのが今、チームを率いる藤川監督その人だ。連覇への始動を前に、その胸中やいかに。
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※週刊ポスト2026年2月6・13日号