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【逆説の日本史】双方「痛み分け」に終わった「第一次大東亜戦争」

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。今回は近現代編第十六話「大日本帝国の理想と苦悩」、「大正デモクラシーの確立と展開 その14」をお届けする(第1479回)。

 * * *
 第一次奉直戦争の勝利によって奉天派の張作霖を撃退した曹コン(※かねへんに昆)は、同じ直隷派内のライバル呉佩孚を圧倒するため、対米工作を進めた。一方、アメリカも日本を出し抜いて「親米派中国」を作るため、時の大統領ウォレン・G・ハーディングが曹コンを頂点に中国が統一されることを支持し、財政上も全面的にバックアップするという公式声明を出した。

 これを背景に曹コンは一九二三年(大正12)、議会の多数支持を獲得して中華民国大総統となった。これでアメリカの目論見は成功し、日本を排除した親米派大総統が誕生したわけでアメリカにとっては万々歳のはずだったが、曹コンはわずか一年余りで大総統の座から引きずりおろされてしまった。中国人民の怒りが爆発したからである。

 中国語に「賄選」という言葉がある。「賄賂による選挙」という意味だ。つまり、「一票」をカネで買って当選することである。そしてこの言葉は、じつは曹コンのこの時の国会議員に対する買収工作で生まれたものだ。国会議員一人一人にカネを払い、買収したといわれる。ここで「曹コンと賄選」は一セットになってしまったのである。ちなみに、曹コンは議会に自分の権力維持に有利な憲法を作らせたが、皮肉なことに中国史上最初のこの憲法も「賄選憲法」と呼ばれている。民衆は怒り、政権の評判は地に落ちた。

 これを直隷派制圧の好機と見た張作霖は、北京に進軍した。これが第二次奉直戦争である。この戦いも最初は軍事力の強大な直隷派が優勢だったのだが、「賄選大総統」には直隷派内でも反感が強く、結局有力幹部の馮玉祥の裏切りによって曹コンは敗れ、大総統の座を失った。

 注意すべきは、中国の民主主義はたしかに未熟ではあったが一歩進んでいることは間違いない、ということだ。「票を買う」というのはそもそも投票で多数票を獲得した人間がトップになれるという、民主主義の原則が定着していなければならない。帝政時代なら、敵を軍事的に圧倒し場合によっては殺すことによってしか頂点には立てなかった。

 お気づきかもしれないが、安直戦争に始まる一連の軍閥同士の戦いのなかで、それ以前の中国王朝における戦いとはまったく違う点が一つある。それは「敗軍の将」もその一族も、皆殺しになっていないことだ。段祺瑞も曹コンも失脚はしたものの、命は取られていない。本人もそうだが、一族も皆殺しにされてはいない。そういう意味では、たしかに中国は「進歩」しているのである。

 しかし、それは民主主義の先進国であるアメリカから見れば、「笑うべき遅れた国家」であった。「票の売り買い」などとんでもない話であるからだ。

 結局この「第一次大東亜戦争」は、日本はインテリだが戦争下手な段祺瑞を支持して失敗し、アメリカは軍人としては優秀だが賄選という手段しか使えないような民主主義のセンスの無い曹コンを代理人としようとして失敗した。双方痛み分けなのである。日本史では「西原借款」という「無駄使い」ばかり強調されるが、アメリカも陰では相当な資金をつぎ込んだはずである。そうで無ければ、曹コンも「賄選」に踏み切ることもできなかっただろう。そして、日本もアメリカもため息をついてこう思ったに違いない。「中国人はダメだ」と。

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