渡瀬恒彦一覧

【渡瀬恒彦】に関するニュースを集めたページです。

ピラニア軍団のアニキ分でもあった渡瀬恒彦
「ピラニア軍団」の反骨“火だるまでプール”の撮影も平気な顔で「やりましょう」
 歴史ある日本映画史において、彼らほど脚光を浴びた「脇役」たちはいないだろう。川谷拓三(享年54)、室田日出男(享年64)、志賀勝(享年78)、岩尾正隆(79)、野口貴史(享年81)、小林稔侍(81)らが名を連ねる俳優集団「ピラニア軍団」。どんな危険な撮影も厭わず、公私ともにどう猛そのものだった彼らの反骨精神を振り返る──。(文中敬称略)【全4回の第2回。第1回から読む】火だるまでプールに飛び込む アウトサイダー役を地で演じられるとはいえ、ピラニア軍団はそれまで本格的な演技を求められることはなかった。そんな彼らに熱血指導したのも映画監督の深作欣二(享年72)だった。「成瀬、役者は台本のセリフをそのまま言うだけなら子役と同じだぞ」『仁義なき戦い』シリーズの撮影中、深作が俳優の成瀬正孝(72、当時の芸名は成瀬正)にこう声をかけた。「『お前がセリフを読んで役になりきり、感じたことを表現しろ。それが出過ぎたら俺が切ってやるから』とサクさん(深作監督)に言われたことを今でも覚えています。自分のイメージに合うまで何度もテイクを重ねる厳しい監督で、映画『柳生一族の陰謀』(1978年)を撮る際、俺が馬に乗る稽古をサボっていたら、『このバカヤロー!』と怒鳴られて、役を降ろされたこともあった」(成瀬) 陽の当たらない場所にいた脇役が、巨匠から演技を指導されて重要な役を任される。意気に感じたピラニアたちは、身体を張って撮影に臨んだ。 仁義シリーズ2作目の「広島死闘篇」で深作から減量を命じられた川谷拓三(享年54)は20日間で15kg体重を落とした。しかしボートで海中を引きずり回されるシーンで体力がもたなくなり、危うく死にかけたという伝説を持つ。「サクさんからすれば、ピラニアの連中ならどんな要求にも応えてくれて、自分がイメージした以上の演技をやってくれる感覚があったんじゃないかな。だからサクさんは、仁義シリーズをはじめとする監督作品でピラニアの連中をよくキャスティングしてくれたんだと思います」(同前) 深作は当時のインタビューで、ピラニア軍団の反骨精神をこう称賛している。〈出番は少なく、顔を出したにしても、スグにドブの中に顔突っ込んで死なないかん。馬鹿呼ばわりされ、腹ん中じゃ“コンチクショー、殺したろか”と叫びながらも、投げ出さんと、最後までついてくる。いい性根しとるんだなー、奴らは〉(『女性自身』1976年9月30日号) どんな作品でも彼らは妥協をしなかった。軍団の「村長」として親しまれた映画監督の中島貞夫が語る。「ピラニアの連中は撮影現場で非常に頼りになる存在でした。当時はちょうど現代劇のアクション作品が増えていた時期で、『ちょっと火だるまになってプールに飛び込んでくれないか』と頼むと、ピラニアの連中だけは平気な顔をして『やりましょう』と応じていた」 そんなピラニア軍団のアニキ分として、彼らと切磋琢磨し続けた名優がいた。スター候補として東映に入った渡瀬恒彦(享年72)である。「少し遅れて映画界に入ったツネさん(渡瀬)には、体当たりで無謀な撮影に臨むピラニア軍団に負けるものか、という思いがあった。撮影現場ではツネさんとピラニアの連中の若いエネルギーがぶつかり合って、相乗効果を生んでいました」(中島) 中島がメガホンを取り、渡瀬が主演した映画『狂った野獣』(1976年)には、ジャックされたバスが横転するシーンがあった。 その撮影で渡瀬は「自分がバスを運転する」と言って聞かなかった。「スタッフは『危険だ』と止めたけどツネさんは聞く耳を持たず、本番では本当に自分でバスを運転しました。 乗客役はピラニアの連中ばかりでしたが、彼らはツネさんによく酒を飲ませてもらっていたのでバスから降りるわけにいかなかった。川谷や野口貴史(享年81)は覚悟を決めて、転倒するバスにずっと乗っていた(笑)。あの時代、あえて危険なことをやるのがツネさんとピラニア軍団のスタイルでした」(同前)(第3回につづく)※週刊ポスト2022年4月29日号
2022.04.22 06:00
週刊ポスト
深作欣二監督のお眼鏡にもかなった「ピラニア軍団」とは?
川谷拓三、室田日出男ら、大部屋俳優たちが名を連ねた「ピラニア軍団」誕生の経緯
 元メンバーたちが伝説の数々を明かした歴史ある日本映画史において、彼らほど脚光を浴びた「脇役」たちはいないだろう。車両に引きずられ、火だるまでプールに飛び込むことも厭わない。公私ともにどう猛そのものだった俳優集団「ピラニア軍団」を振り返る。(文中敬称略)【全4回の第1回】「一番乱暴なのは誰だ?」 今から半世紀ほど前、高倉健(享年83)や鶴田浩二(享年62)らひと握りのスター俳優たちがスクリーンを彩った昭和の映画界において、「大部屋俳優」と呼ばれた脇役たちの処遇は決して恵まれてはいなかった。 雇用形態は整理されておらず、現場では常に半人前扱いで安月給。スター俳優たちの取り巻きとして撮影所に出入りし、なんとなく役者をやっている。すぐに辞める人も多かった。 しかし、そんな時代にひときわ異彩を放つ「脇役集団」が、東映の京都撮影所にいた。 いかつい顔で宵越しのカネを持たず、女が大好き。酒癖の悪さから大部屋の忘年会に呼んでもらえない。後に名優として知られるようになる川谷拓三(享年54)らが集って生まれた「ピラニア軍団」である。 軍団の「村長」として親しまれた映画監督の中島貞夫が振り返る。「飲みながらケンカすることが日常茶飯事の連中だった。カネがなくなるといろんな人にたかって酒を飲み、京都撮影所に近かった僕の自宅にもしょっちゅう来ていた。 僕らが彼らのことを『まるでピラニアのような連中だな』と冗談を言っているうちに、『ピラニア軍団』と呼ばれるようになりました」 ピラニア軍団に名を連ねたのは、川谷拓三のほかに、室田日出男(享年64)、志賀勝(享年78)、岩尾正隆(79)、野口貴史(享年81)、小林稔侍(81)ら10数名。 メンバーのひとりで、俳優の成瀬正孝(72、当時の芸名は成瀬正)が語る。「俺は1969年に東映にニューフェイスで入って京都撮影所に回され、気がついたらピラニア軍団に入っていた。その名の通り我が強く『何にでも食いつく』人ばかりでした」 セリフのある役はもらえず、チョイ役や斬られ役ばかり。酒と役に飢えていた彼らに目をつけたのが、映画監督の深作欣二(享年72)だった。 彼らが燻っていたのと同じ頃、笠原和夫が脚本した映画『仁義なき戦い』(1973年)のキャスティングを進めていた深作は、京都撮影所の大部屋俳優について映画関係者にこう尋ねて回ったという。「彼らのなかで一番乱暴なのは誰だ? 札付きであればあるほどいいんだけどな」 この時、深作のお眼鏡にかなったのが、川谷や志賀らピラニア軍団の中核メンバーだった。 主役から脇役まで、ひとりひとりのキャラクターを重視する『仁義なき戦い』で、日本刀や拳銃を手にしたメンバーはそれまでの鬱憤を晴らすかのように、切った張ったの大立ち回りを演じた。「水を得たピラニア」になった彼らはスクリーンで躍動し、仁義シリーズは日本映画史に残る大ヒットを記録した。 そして仁義シリーズでの活躍をきっかけにピラニア軍団はどんどん脚光を浴びるようになっていく──。(第2回につづく)※週刊ポスト2022年4月29日号
2022.04.21 07:00
週刊ポスト
薬師丸は2006年、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』で第29回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞した(写真/女性セブン写真部)
【角川三人娘】相米慎二、大林宣彦…名監督との出会いで女優として成長
 1980年代、日本映画界に彗星のごとく現れた薬師丸ひろ子(57才)、原田知世(54才)、渡辺典子(56才)。いまも第一線で活躍し続ける彼女たちの原点は、10代でヒロインを務めた『角川映画』にある。“角川三人娘”と呼ばれた彼女たちの才能を見出した編集者・映画監督・映画プロデューサーの角川春樹さんと映画宣伝プロデューサーの遠藤茂行さんが当時を振り返る──。【全4回の第3回】名監督との出会いで女優として成長〈角川三人娘を語る上で外せないのは彼女たちの映画でメガホンをとった数々の名監督の存在だ。『セーラー服と機関銃』の相米慎二監督、『時をかける少女』の大林宣彦監督(享年82)、『晴れ、ときどき殺人』の井筒和幸監督(69才)のほか、厳しい監督たちに鍛えられてきた〉角川:彼女たちをヒロインに起用する際に、監督と衝突することもありました。 覚えているのは、『野性の証明』の薬師丸。あの作品の原作は森村誠一さんの小説ですが、彼女が演じた長井頼子は8才でした。でも当時の薬師丸は13才。「原作のイメージと違う」と、メガホンをとった佐藤純彌監督(享年86)は薬師丸の起用に反対したんです。 そのとき私は、監督を交代させてでも薬師丸でいきたかった。だから当時の角川映画のスタッフに、「お前ら、何が何でも、薬師丸でいくことに賛成しろ」と賛同を得て、最後にはプロデューサーの権限で、「映画の頼子の年齢は、薬師丸の年齢に合わせて13才にする!」と押し切りました。もちろん、監督を交代させるまでには至りませんでした。 それからいざ撮影が始まって現場に行くと、佐藤監督から、「角川さんに謝らないといけないことがある」と言われました。何事かと思ったら、「角川さん、ひろ子、彼女は天才です!」って(笑い)。 1980年代の角川映画は相米慎二、根岸吉太郎(71才)、池田敏春(享年59)、井筒和幸、崔洋一(72才)ら当時の新鋭に映画を任せていました。 典子主演の『晴れ、ときどき殺人』は井筒監督が撮りましたが、芝居のつけかたがうまかったので、志穂美悦子(66才)主演の『二代目はクリスチャン』(1985年)も井筒監督にお願いしました。 典子は最初から演技が上手でしたね。彼女の作品で思い出すのは、映画『積木くずし』(1983年)です。角川映画ではありませんが、ふだんはピュアな彼女が不良少女を鮮烈に演じた。だから、『積木くずし』の印象が強いんです。 知世といえば、スクリーンデビューとなった『時をかける少女』の大林監督ですね。『時をかける少女』(1983年)は角川書店で文庫化していて、これからの映画はSFだと。直感で、『時をかける少女』の主演は知世、尾道で撮るとひらめきました。幻想的な古い街並みを背景にすると知世の透明感がいっそう引き立つんです。大林さんも撮影時に、「知世はひとり、光り輝いていた」とおっしゃっていました。カメラレンズを通して見ると、キラキラと輝いて見えるんですよ。私は映画『愛情物語』(1984年)を監督しましたが、あの作品はとにかく知世をきれいに撮ることだけに集中しました。この作品は金沢でロケをしましたが、旅館から相手役の渡瀬恒彦(享年72)を見下ろすシーンがなんとも美しくて。あんなにきれいだったと思ったことはありませんね。相手役とともに大人の女優に脱皮〈相手役にはさまざまな俳優が起用された。『セーラー服と機関銃』や『愛情物語』では渡瀬恒彦さんのようなベテランが、『時をかける少女』では新鋭の高柳良一(58才)が務めた。『メイン・テーマ』(1984年)には薬師丸の相手役として2万3000人の中から野村宏伸(56才)が選ばれている。渡辺主演の『結婚案内ミステリー』(1985年)では、当時26才だった渡辺謙が抜擢されている〉遠藤:ぼくが印象的なのは、赤川次郎さん原作の『探偵物語』(1983年)で薬師丸さんの相手役に松田優作さん(享年40)が選ばれたことです。 優作さんはテレビシリーズの『探偵物語』(1979年・日本テレビ系)で人気を博していたため、映画で演じる探偵のイメージをつかめないでいました。そこであるスタイリストさんが提案された麻のスーツを優作さんに見てもらうことにしました。それを見た優作さんは、「遠藤! これはいいよ。おれ、役が見えた」とすごく喜んでおられた。 長身の優作さんと小柄な薬師丸さんのカップルに「身長差30cm」というキャッチコピーをつけて宣伝しました。角川:彼女たちが年齢を重ねるにつれ、演じる役柄も変わっていきます。 本人たちはアイドルとは思ってなかったでしょうが、肉体の輝きと精神の輝きが一致するのは、わずか数年なんです。それから大人になって、女優として脱皮していく。典子は最初から成熟していましたが、薬師丸は『Wの悲劇』(1984年)、知世は『黒いドレスの女』(1987年)がターニングポイント。『黒いドレスの女』は崔洋一監督でしたが、「知世を女にしてくれ」と言いました。典子の『いつか誰かが殺される』(1984年)も崔監督。「典子がスターになれるかどうかで、この作品の価値が決まる」と話していました。遠藤:『Wの悲劇』はぼくらも「少女から女へ」というキャッチフレーズをつけて宣伝しました。あの作品は澤井信一郎監督(享年83)作品で、薬師丸さんは常に監督との闘いだったと思います。ラストで見せる泣き笑いの表情に監督からのダメ出しが何度もあって、相当悩んでいました。ただ、それがあったからこそ、役者としてステップアップすることができたのだと思います。角川:『Wの悲劇』は東映東京撮影所で撮影されていましたが、現場を訪れるたびに監督から「傑作に一歩一歩近づいています」と言われました。それで初号試写を見たら想像以上の傑作で、エンドロールが終わっても立ち上がれないほどでした。 澤井監督は知世の『早春物語』(1985年)でも“ここまで追い詰めるのか”と思うような厳しい演出をしました。試写を見た原作者の赤川次郎さんが、「『Wの悲劇』はアメリカ映画で、『早春物語』はフランス映画のようだ」とおっしゃっていたのを覚えています。(第4回に続く)【プロフィール】編集者・映画監督・映画プロデューサー 角川春樹さん(80才)/角川春樹事務所代表取締役社長。出版界の風雲児として、数々のヒット作を生み出すかたわら、映画プロデューサーとして、1976年『犬神家の一族』を皮切りに、映画界に進出。角川映画として、『人間の証明』(1977年)、『野性の証明』(1978年)、『ぼくらの七日間戦争』(1988年)、『天と地と』(1990年)など70作を世に送りだす。2020年には監督作の映画『みをつくし料理帖』が公開。全人生を語った書籍『最後の角川春樹』(伊藤彰彦著/毎日新聞出版)でも『角川映画』誕生秘話を明かしている。映画宣伝プロデューサー 遠藤茂行さん(68才)/東映にて角川映画『戦国自衛隊』(1979年)を皮切りに、『セーラー服と機関銃』(1981年)、『探偵物語』(1983年)、『Wの悲劇』(1984年)など数々の話題作の宣伝を手掛ける。東映作品として『ビー・バップ・ハイスクール』(1985年)、『バトル・ロワイアル』(2000年)、『GO』(2001年)ほか数々の作品に宣伝、企画、製作などとしてかかわる。現在も映画プロデューサーとして活動する傍ら、ダンス・芸能専門学校『東京ステップス・アーツ』で講師を務める。取材・文/廉屋友美乃※女性セブン2022年3月17日号
2022.03.08 07:00
女性セブン
色々な女優から愛された(時事通信フォト)
渡哲也さんと弟・渡瀬恒彦さんの絆と心震わせる男の美学
 石原軍団の解散を発表してひと月足らず、渡哲也さんが与えられた役割を終えたかのように78年の生涯を閉じた。互いに信頼し合い、深い絆で結ばれた弟・渡瀬恒彦さんがこの世を去ったのは3年前(享年72)。昭和の銀幕を駆け抜けた名優兄弟は、誰もが心震わせる男の美学を貫いた。 淡路島で育った3歳違いの兄弟は、ともに兵庫の名門・三田学園で中高時代を過ごした。青山学院大学へ進学した渡さんは、航空会社の整備士を志す。そんな兄に運命のいたずらを仕掛けたのが渡瀬さんだった。1964年日活に兄の写真を内緒で送り、就職試験に落ちた渡さんが日活を訪れるとすぐに採用され、翌年には『あばれ騎士道』で主演デビューを果たした。 早稲田大学に通った渡瀬さんは電通PRに就職するも、1969年に東映の名物プロデューサー・岡田茂氏に口説かれ、兄と同じ道を歩むことになる。1971年にNHKの連続ドラマで初めて共演したが、2011年のドラマ『帰郷』まで実に40年間、2人が同じ作品に出ることはなかった。「タイプの全く違う2人を生かす作品に巡り合えなかったのでしょう。渡瀬さんは器用で、どんな役もこなせた。渡さんには圧倒的な存在感があった。お互いがお互いにない特長を持っていました」(芸能ジャーナリスト・二田一比古氏) 仕事ではほとんど顔を合わせなかったが、双方を思いやる気持ちは強かった。「渡さんが直腸がんで入院した時、渡瀬さんは人知れず見舞いに来ていた。『明日行くので取材して』という事務所もあるけど、一切公表しなかった。渡さんは弟が亡くなった時、報道陣には気丈に振る舞っていましたが、相当塞ぎ込んでいたそうです」(同前) 1995年に阪神淡路大震災が起こると、渡さんは石原軍団を引き連れて炊き出しに出向いた。「東京の暖房の効いた部屋でニュースを見ていることに違和感を持った」という渡瀬さんも参加。5日間、グラウンドに建てたテントに泊まり込み、一人ひとりに声をかけ、約2万3400食を手渡した。 黙って動き、背中で語り合える兄弟。今ごろ2人は笑いながら思い出話に花を咲かせていることだろう。※週刊ポスト2020年9月4日号
2020.08.25 07:00
週刊ポスト
『友近の大好きサスペンス~芸人たちとのミステリーパーティー~』 9/16(月)22:00~23:00、BSスカパー!にて放送 (C)スカパー!・AXNミステリー・CS日テレ
帝王!女王!大御所作家! ミステリーが止まらない2時間サスペンス
 仕事から帰ったら、まずテレビのスイッチをオン。週末は自宅でドラマを観ながらのんびり過ごす──そんなテレビ好きの大人にとって見逃せないのが、この秋、スカパー!で放送されるサスペンスドラマ特集だ。船越英一郎、片平なぎさといった“サスペンスの帝王&女王”の作品から、あの“警部シリーズ”まで、選りすぐりの番組が一挙放送される。 ここでは、この秋に放送される番組から要チェックの13本を紹介しよう。◆サスペンスの魅力を凝縮!『友近の大好きサスペンス~芸人たちとのミステリーパーティー~』(BSスカパー!) 長年、多くの人に愛されてきたサスペンスやミステリードラマの魅力をたっぷり伝える特別番組。番組の舞台となるのは、『サスペンスドラマにでてきそうな洋館』。洋館の女主人からサスペンス好きの芸人に招待状が届いた! という設定で始まるバラエティ番組。 女主人・友近より招かれた芸人たち(バッファロー吾郎A、向井慧(パンサー)ら)が、そこで実際の2時間ドラマの映像を交えながら「好きなシーン」「撮影秘話」「豆知識」などを語りあう。往年のサスペンスファンはもちろん、最近興味を持ち始めた人も“サスペンスの虜”になること間違いなしだ。 出演者は友近、バッファロー吾郎A、パンサーの向井慧、ものまねタレントのむらせ、元SKE48の磯原杏華、2時間ドラマの専門家である大野茂氏。(パソコン)お得な「セレクト10」「セレクト5」はこちらをチェック(スマホ) お得な「セレクト10」「セレクト5」はこちらをチェック サスペンス俳優と言えば、まず思い浮かぶのは船越英一郎だろう。1980年代からさまざまな2時間ドラマに出演し「サスペンスの帝王」の異名も取る船越が出演する名作も数多くラインナップされている。◆「帝王」の出世作!『小京都ミステリー』(AXNミステリー)“サスペンスの帝王”と“サスペンスの女王”が共演した貴重な作品。ライターの柏木尚子(片平なぎさ)とカメラマンの山本克也(船越英一郎)が、取材で訪れた全国の“小京都”で事件に巻き込まれ、取材という名目で捜査に奔走するシリーズだ。9月22日16:00から第1話~第5話を放送し、以降、毎週日曜16:00から5話ずつ連続放送。全30話放送される。◆船越英一郎が火災調査官に扮した人気シリーズ『火災調査官・紅蓮次郎』第8作「家を間違えて放火した女! 突然発火した庭の土?」(ホームドラマチャンネル) 船越英一郎演じる火災調査官・紅蓮次郎が身の回りで起こる事件を解決する大人気シリーズの第8弾。ある放火事件をきっかけに、父親として、火災調査官として苦悩する紅の姿を描く。消防署の火災調査官として働く紅蓮次郎(船越)は高校生の息子・俊介と二人暮らし。ある夜、旅行会社のオーナー・恩田の家から出火、焼け跡から妻の加奈の死体が発見される。調査の結果、灯油を使った放火の可能性が浮上。そんな中、紅は野次馬の中に挙動不審の女・永谷みちる(遠野なぎこ)を見つけ後を追う──。◆内藤剛志とのコンビ共演にも注目『外科医 鳩村周五郎』(フジテレビTWO) 医師としての地位も名誉も未来も捨て、弱者を救うために巨悪の陰謀と戦い抜いた天才外科医・鳩村周五郎(船越)。妻の死の真相を突き止め、ひとときの安らぎを手にしたのもつかの間、今、また新たな試練が彼の前に立ちはだかろうとしていた──。 出演するのは船越英一郎、星野真里、内田朝陽、松澤一之、井坂俊哉、弓削智久、小倉一郎、田窪一世、小松悠太、風澤拓実、坂口良子、内藤剛志らの面々だ。9月は、第8作~第11作が放送される。(パソコン)お得な「セレクト10」「セレクト5」はこちらをチェック(スマホ) お得な「セレクト10」「セレクト5」はこちらをチェック さらに、この秋は火曜サスペンス劇場から土曜ワイド劇場までですっかりお馴染みとなっている「サスペンスの女王」こと片平なぎさが活躍する作品も登場。次の2つはその片平なぎさが出演する注目作だ。◆スイーツ大好きコンビが真相に迫る!『あんみつ検事の捜査ファイル 女検事の涙は乾く』(ファミリー劇場)“あんみつ検事”こと風巻やよいが難事件に立ち向かう人気シリーズ。演じるのはサスペンスの女王・片平なぎさ。第1作は京都・宇治の歴史ロマンと美しい風景を舞台に京都地検宇治支部の検事・風巻やよいと、京都府警捜査一課の警部補・石橋大輔(石塚英彦)の“あんみつ大好きコンビ”が活躍。 やよいの元恋人が何者かによって殺害され、その事件の担当検事にやよいが任命される。法廷ではやよいのライバル弁護士・青山まどかと対峙。そんな中、差出人不明の脅迫状とあわせて、奇妙なものがやよいの元へ届く。しかし、それは狂おしき事件の序章に過ぎなかった──。◆長年続く人気シリーズ『赤い霊柩車』(チャンネルNECO) 片平なぎさ主演で4半世紀以上続いている人気作品と言えばこれ。山村美紗の小説を原作に、片平なぎさ演じる葬儀社の女社長が難事件を解決していく『赤い霊柩車』シリーズだ。女社長と遠距離恋愛中の恋人・黒沢春彦(3作目より神田正輝が演じる)のタッグが難事件を次々と解決していく。この9月は第1作から第5作までを放送する。(パソコン)お得な「セレクト10」「セレクト5」はこちらをチェック(スマホ) お得な「セレクト10」「セレクト5」はこちらをチェック この秋のスカパー!では、松本清張をはじめとした大御所作家の小説をドラマ化した作品も多く楽しめる。◆推理小説の名作がドラマに『松本清張特別企画「証明」』(TBSチャンネル2) 日本を代表する推理小説家・松本清張の同名小説を、大石静の脚本でドラマ化した作品。激しく悲しい“夫婦愛”を軸に、女性心理の深淵をサスペンスタッチで鋭く描いている。 物書きとして将来を見据えるも芽が出ずに全く売れない小説家・高木信夫を演じるのは主演の風間杜夫。夫の信夫を支え、雑誌記者として働く妻・久美子を原田美枝子が好演する。その他、内藤剛志、峰岸徹、辰巳琢郎、高畑淳子、秋本奈緒美、螢雪次朗など清張ドラマにぴったりの演技派俳優が顔を揃える。◆推理小説の名作、山村美紗原作のキャサリンシリーズ『名探偵キャサリン』第4作「清少納言殺人事件」(日本映画専門チャンネル) 山村美紗原作のサスペンスシリーズが「おとなの2時間サスペンス」特集として放送される。「清少納言殺人事件」では、女性カメラマンとして活躍する希麻倫子(通称キャサリン)が連続殺人と百人一首の謎に挑む──。 出演するのは、かたせ梨乃、関口知宏、西岡徳馬、洞口依子、堤大二郎、清水紘治、渡辺典子、山村紅葉らだ。◆ミステリーの女王、夏樹静子の名作!『警部補 佃次郎』(チャンネル銀河 歴史ドラマ・サスペンス・日本のうた) 火曜サスペンスで放送されていた人気シリーズ。同作ではたたき上げの警部補・佃次郎(西郷輝彦)が殺人事件の真相に迫っていく。9月21日には第1作~第4作、9月28日には第5作~第8作が一挙放送される。(パソコン)お得な「セレクト10」「セレクト5」はこちらをチェック(スマホ) お得な「セレクト10」「セレクト5」はこちらをチェック 日本全国さまざまな場所で起こる難事件に、直接出向いて犯人に迫る主人公「十津川警部」を生み出したのが、作家・西村京太郎だ。そんな西村京太郎作品の世界を楽しめるドラマを紹介しよう。◆渡瀬恒彦が演じる十津川警部を楽しめる『西村京太郎サスペンス 十津川警部シリーズ』「南紀白浜殺人ルート」(TBSチャンネル1) 渡瀬恒彦主演の西村京太郎サスペンス「十津川警部」シリーズ、第25弾は、東京・下町の小さな工場の経営者が殺されたことから物語が始まる。経営者は大掛かりな詐欺事件の被害者でもあり、独自に事件を調べているうち、核心に近づきすぎ殺害されたらしい。警察は詐欺事件の首謀者に注目して捜査を進めるが、関係者にはアリバイがあり、犯人は分からない。 だが、しばらくして事件が動いた。関係者の1人が殺されたのだ。十津川は事件の起こった南紀白浜へ飛ぶ。美しい南紀白浜を舞台に、人々の愛憎が交差する……。鉄道を駆使した犯人のトリックを解明できるのか?◆愛川欽也が演じる刑事に注目『西村京太郎トラベルミステリー』第23作「陸中海岸殺人ルート」(テレ朝チャンネル2) 警視庁捜査一課の十津川警部は帰宅途中に女が猫を轢逃げするところを目撃する。たまたまその女がテレビに出演しており、それが猫好きで有名なデザイナーのひろ子であることを知る──。出演するのは愛川欽也、二宮さよ子、森本レオ、山村紅葉ら。(パソコン)お得な「セレクト10」「セレクト5」はこちらをチェック(スマホ) お得な「セレクト10」「セレクト5」はこちらをチェック この秋のスカパー!では、他にも話題作が目白押しだ。その中でもぜひチェックしておきたい作品を紹介しよう。◆賀来千香子が弁護士を演じる『ヤメ検の女2』(テレ朝チャンネル1) 葵あかね(賀来千香子)は検察を辞めて弁護士に転身した“ヤメ検”。無茶な案件を持ち込んではユニットを組もうという堺虎之助(泉谷しげる)につきまとわれてはいたものの、離婚訴訟や遺産相続などの案件に、市井の弁護士として精力的に励んでいた。 そんなある日、あかねは週刊誌記者・斉藤雅紀(斎藤陽一郎)の首つり現場に遭遇する。死因判定のミスや初動捜査の遅れを詫びもせず、捜査の士気も一向に上がらない警察を不審に思ったあかねは、唯一、協力的な三井大介警部(金山一彦)から、事件の真相究明に圧力がかかっていることを聞き、怒る。自らの手で真実を明らかにしようと雅紀の取材対象を調査し始める──。◆阿刀田高が原作!『観覧車は見ていた』(東映チャンネル) 阿刀田高原作のサスペンス作品。陶芸家の山本久枝(市毛良枝)は遊園地の観覧車が見える多摩川べりの街に住んでいる。夫を早く亡くし、広大な敷地に建つ屋敷に義父の信平と住んでいたが、信平が2か月前に失踪、今は一人で暮らしている。 ある日、久枝は散歩の途中に崎村兵吾(丹波哲郎)という初老の男と知り合う。その頃、佐久という男が信平を殺したのは久枝と脅し、夜中勝手に敷地内をうろつくが、崎村に見咎められる。崎村は元刑事で独自に信平の行方を追うが……。 市毛良枝、丹波哲郎のほか、田島令子、あき竹城、勝部寅之、宮内洋、星正人、谷川みゆき、村田正雄らが出演。 今回のサスペンス特集は、多くのチャンネルから放送される。見たいチャンネルだけ選んでもいいが、お得に観るには、スカパー!のプラン「セレクト10(基本料390円/月+視聴料2600円/月+税)」や「セレクト5(基本料390円/月+視聴料1833円/月+税)」に加入する方法もある。全部で48あるチャンネルから、それぞれ10チャンネルあるいは5チャンネル選ぶことができ、選んだチャンネルは毎月無料で変更可能。見たい番組に合わせて、コスパ良く楽しめるシステムだ。料金の支払いは加入翌月からとなっているから、加入初月は無料で見ることができる。 スカパー!で「サスペンスの秋」を満喫してはいかがだろうか。(パソコン)お得な「セレクト10」「セレクト5」はこちらをチェック(スマホ) お得な「セレクト10」「セレクト5」はこちらをチェック
2019.09.04 16:00
NEWSポストセブン
大原麗子と森進一の離婚 きっかけは「柴犬」だった
大原麗子と森進一の離婚 きっかけは「柴犬」だった
 六本木の伝説のゲイバー「吉野」で38年間ママを務めた吉野寿雄氏(88)。高倉健らと同じく吉野ママと特別な関係を築いたのが、8月3日に没後10年を迎えた女優・大原麗子さんだ。吉野ママが明かす。 * * *〈渡瀬恒彦に続く森進一との2度目の結婚も、4年目で破局を迎えた。大原は離婚会見で、その理由を「家庭に男が2人いた」と語り、話題となった。吉野ママは森とも親しかったことから、2人の離別を間近で見ていた〉 1984年に森君が1か月のアメリカツアー公演を行なって、なぜか私も同行したの。でもその隙に、ビッチ(※注)は前々から行きたがっていたヨーロッパに、内緒で出かけてしまったの。【※注/吉野氏によれば大原さんは背が小さかったため“チビ”を逆にした“ビッチ”という愛称で呼ばれていたという】 そうしたらその間に、2人で飼っていた柴犬が逃げてしまった。これがきっかけで、内緒でヨーロッパに出かけていたことがバレたこともあって、森君が帰国してからすぐに離婚の話になったとビッチは言っていたわ。森君からしたら、色々と積もり積もって、愛想が尽きちゃったんでしょうね。 離婚してからはしばらくホテルオークラに逃げ込んでいて、一度、「ママ、荷物を取りに行くから手伝って」って家から段ボールに衣装とか靴とか詰め込んで運んだ。でもそれからしばらく音信不通になってね。もともと彼女は店に来るときは毎日のように通うんだけど、パタンと切れちゃうと音信不通ってことがあったから。〈それから交流は復活したが、晩年は会うこともなくなっていたという〉 亡くなる少し前に、「具合が悪い」って電話がかかってきたことはあったけどね。お葬式で遺影を見たときも泣かなかったわ。「来るべきものが来た」って思っただけ。だって、ビッチはとにかくあっけらかんとした子だったからね。●取材・文/宇都宮直子※週刊ポスト2019年9月6日号
2019.08.31 16:00
週刊ポスト
大原麗子さん闘病時、病室で“2人の夫”が鉢合わせて…
大原麗子さん闘病時、病室で“2人の夫”が鉢合わせて…
 昭和スターたちが集った六本木の伝説のゲイバー「吉野」。38年間ママを務めた吉野寿雄氏(88)は高倉健との交友でも知られたが、高倉と同じく“孤高”のイメージをまといながら吉野ママと特別な関係を築いたのが、8月3日に没後10年を迎えた女優・大原麗子さんだ。吉野ママが明かす。 * * *〈1973年、当時すでにスターとなっていた大原と、デビュー間もない渡瀬恒彦の結婚は「格差婚」と報じられた〉 渡瀬さんと初めて会ったのは、2人の「結婚祝い」にレストランで食事をした時。そこには高倉健さんも来てたの。渡瀬さんは大先輩の健さんがいるから緊張していたのかしら? ビッチ(大原さんは背が小さかったため“チビ”を逆にした“ビッチ”という愛称で呼ばれていた)の隣に大人しく座っていて、寡黙な人というイメージだったわ。〈1975年、大原は、後々まで彼女を悩ませる「ギランバレー症候群」(主に筋肉を動かす運動神経に障害が生じ、四肢に力が入らなくなる病気)を発症する。吉野ママと中華料理を食べた後に足が動かなくなって階段を降りられなくなり、ママの勧めで病院に行ったところ、病気が発覚したのだという。大原は治療のため、芸能活動を休止し、入院することになった。そのことが、大原の人生を大きく動かした〉 森(進一)君から突然電話があって、「麗子のお見舞いに行きたい。よしの、一緒についてきてくれないか」って言うのよ。もう国民的歌手になっていた森君は全国ツアーの真っ最中で、「少し時間が出来たから」って。一緒に病院に向かったのね。 病室に入ったら、渡瀬さんがいた。寝ないで看病していたのかしら、疲れた様子だった。渡瀬さん、森君と私が来たのを見ると何かを察したのか、そっと出ていったの。 その後森君が「麗子、大丈夫?」って声をかけて慰めて。「麗子、俺と結婚すれば良かったんだよな」って言ったのよ。今思えばここが2人の“二度目の始まり”だった。〈大原は渡瀬と1978年に離婚。その後、森との愛を育み、1980年に再婚した。吉野ママが当時を振り返る〉 ビッチから「再婚したい」と相談を受けたとき、私は反対したのよ。森君は家庭を守る女を求めているけど、ビッチは性格的に正反対。遊び回るのが好きだったから「絶対にうまくいかない!」って諭したけど、オイオイ泣いて「結婚したい」っていう。そこまで好きなら仕方ないって、賛成するしかなかった(苦笑)。 帝国ホテルの結婚式にも出たわ、親族席で。ビッチはお父さんとお母さんが離婚していて、お父さんは来ていなかったから、父親代理みたいな形ね(笑い)。新婚旅行にもついていって、サンフランシスコやロサンゼルスを回ったわ。〈しかし、“父親”の吉野ママが危惧したように、蜜月は長くは続かなかった〉 森君は亭主関白なところがあるからね。ビッチの遊び好きは結婚してからも変わらず、夜遅くまで、森光子さんたちとウチに来ていた。そうすると森君から「すぐに帰ってこい!」って電話がきていたわ。●取材・文/宇都宮直子※週刊ポスト2019年9月6日号
2019.08.30 07:00
週刊ポスト
若き日の大原麗子さん 森進一と渡瀬恒彦の間で揺れた女心
若き日の大原麗子さん 森進一と渡瀬恒彦の間で揺れた女心
 芸能界からスポーツ界にいたるまで、業界をまたいだ昭和スターたちが集った六本木の伝説のゲイバー「吉野」。38年間ママを務めた吉野寿雄氏(88)は高倉健との交友でも知られたが、高倉と同じく“孤高”のイメージをまといながら吉野ママと特別な関係を築いたのが、8月3日に没後10年を迎えた女優・大原麗子だ。吉野氏が明かす。 * * * 東京オリンピックが開催される1年前(1963年)頃かしら。デビューしたばかりの大原麗子がウチに来るようになったの。背が小さいから“チビ”を逆にした“ビッチ”っていう愛称で呼ばれていた。まだ16歳くらいで、田辺靖雄とか峰岸徹とかと一緒に「六本木野獣会」っていうグループを作って夜遊びしてたわ。「不良少女」の先駆けね。〈駆け出しで仕事も少なかった大原は、足繁く「吉野」に通い、閉店後には吉野ママとディスコに行き、ゴーゴーを踊った〉 私から見たら全然「女優」っぽくなくて、あっけらかんとしてた。気に入らないことがあったら何でも言っちゃうから、誤解されやすかったんだと思うけど、そういう性格だから私は仲良くなれたんじゃないかな。〈その数年後、「ボーイフレンド」として紹介されたのが、歌手デビューしたばかりの森進一だった。森は、大原が渡瀬恒彦と離婚した後の再婚相手として知られているが、吉野ママによると、実は渡瀬と結婚する前にも親密だった時期があったという〉 森君は可愛くてハンサムで、あの頃、六本木界隈で一番モテてたんじゃないかしら。ビッチが店に連れてきたのよ。2人はいつも一緒に行動していた。一目見て“男女の関係”と分かるくらい。一緒にお店に来ては、店を閉めた後に、3人で踊りに行ってたわ。 だが、しばらくして吉野ママは2人が破局したことを聞く。原因は「森に新しいカノジョができたから」だった。 ビッチはその頃、よく私の家に泊まりにきてた。森君にフラれて寂しかったのかしらね。だから、その後しばらくして、今度は渡瀬さんと結婚したという話を聞いたときは、寝耳に水だったわ。※週刊ポスト2019年9月6日号
2019.08.26 16:00
週刊ポスト
孤独死から10年の大原麗子さん 支え続けた元夫渡瀬恒彦さん
孤独死から10年の大原麗子さん 支え続けた元夫渡瀬恒彦さん
 女優・大原麗子さん(享年62)の波乱万丈の人生を振り返ったのは、6月20日に放送された『直撃!シンソウ坂上』(フジテレビ系)だ。大原さんが「姉」と慕った女優の浅丘ルリ子(78才)や、実弟である大原政光さんが登場し、「整形失敗」「中絶」「薬漬けの闘病」など生前の大原さんをめぐる衝撃の事実を明かした。 しかし、この番組には、大原さんが18才でデビューした翌年からマネジャーを務め、亡くなる直前まで寄り添い続けた元マネジャーの佐藤嘉余子さんは登場しなかった。番組放送後、本誌・女性セブンの取材に佐藤さんが重い口を開いた。「放送は見ていませんが、多くの人から連絡があり、内容は把握しています。いろいろな思いが込み上げますが、私が言いたいのは、あの番組では触れられなかったことがあり、大原さんの“死の真相”を伝えきれていないということです」(佐藤さん) 今明かされる大原さんの真実とは──。◆離婚後も支え続けた渡瀬夫妻の思い 1973年に渡瀬恒彦さん(享年72)と結婚し、5年後に離婚した大原さん。1980年には森進一(71才)と再婚したが、わずか4年での離婚となった。 離婚のたびに結婚生活に関連するものをすべて処分していた彼女が、唯一捨てられなかったのがウエディングドレスだったという。「渡瀬さんとは結婚式ができなかったので、麗子さんは森さんと結婚する時に自分のお金で『ユキトリヰ』のウエディングドレスを購入しました。彼女は離婚したらなんでも必ず処分しましたが、そのドレスだけは捨てずに私に預けてきた。 森さんとの結婚生活に未練があったのではないでしょうが、仕事を頑張って、自分でお金を出して買った憧れのドレスだから、こればかりは捨てられなかったのだと思います」(佐藤さん) 八回忌を終えた後、佐藤さんは大原さんから預かったウエディングドレスとブーケを、大原さんと母親が供養される件の寺院に持ち込んだ。「執着はいけない」と諭す住職の教えに従い、佐藤さんはそれまで大事に保管していたドレスとブーケを預けたのだという。 クールで冷静、小悪魔的イメージの大原さんだが、人間味のある一面も隠し持つ。そんな彼女の理解者が、佐藤さんのほかにもう1人いた。 晩年に精神状態が悪化し、親しい人がみな離れていって孤立を深める大原さんに、最後の救いの手を差し伸べたのは最初の夫の渡瀬さんだった。 事実、渡瀬さんは自身が主演を務めるドラマ『十津川警部シリーズ』(TBS系)に大原さんをキャスティングし、2004年12月に放送された特別ドラマは大原さんの遺作となった。 大原さんとの離婚の翌年、渡瀬さんは一般女性と再婚しているが、大原さんが病気で苦しんだ際も、夫婦で大原さんを支え続けたのだ。佐藤さんは「渡瀬さんとの関係は本物でした」と語る。「麗子さんは渡瀬さんのことが本当に大好きでした。5年で離婚したけど嫌いで別れたのではなく、『兄妹みたいな関係』と言って、離婚してからも連絡を取り合っていました。家でテレビを見ている時、画面に渡瀬さんが映ると、麗子さんは『カヨさん、渡瀬さんが出ているわよ、ウフフ』と言って、あのかわいらしい顔でうれしそうに微笑んでいました」(佐藤さん) 孤高に生き、秘かな親愛を貫いた大原さん。孤独死から10年、彼女の魅力は色あせない。※女性セブン2019年7月11日号
2019.06.28 16:00
女性セブン
大原麗子さんの「中絶」、坂上忍の番組が触れなかった事実
大原麗子さんの「中絶」、坂上忍の番組が触れなかった事実
《女優・大原麗子 孤独死の真相》。突然の死からまもなく10年。女優・大原麗子さん(享年62)の波乱万丈の人生をこんなタイトルで振り返ったのは、6月20日に放送された『直撃!シンソウ坂上』(フジテレビ系、以下『シンソウ』)だ。 番組には大原さんが「姉」と慕った女優の浅丘ルリ子(78才)や、実弟である大原政光さんが登場し、「整形失敗」「中絶」「薬漬けの闘病」など生前の大原さんをめぐる衝撃の事実を明かした。 だがこの番組には、生前の大原さんを最もよく知る女性が登場しなかった。大原さんが18才でデビューした翌年からマネジャーを務め、亡くなる直前まで寄り添い続けた元マネジャーの佐藤嘉余子さんである。 本誌・女性セブンは『シンソウ』が放送される直前、佐藤さんから一通の手紙を受け取っていた。《もうすぐ麗子さんが亡くなってから10年が経ちます》 と書かれた文面には10年もの間、片時も大原さんを忘れることのなかった佐藤さんの思いの丈が綴られていた。 番組放送後、女性セブンの取材に佐藤さんが重い口を開いた。「放送は見ていませんが、多くの人から連絡があり、内容は把握しています。いろいろな思いが込み上げますが、私が言いたいのは、あの番組では触れられなかったことがあり、大原さんの“死の真相”を伝えきれていないということです」(佐藤さん) 今明かされる大原さんの真実とは──。◆「中絶」は仕事の都合だけではない 1946年に生まれた大原さんは高校卒業後にデビュー。映画やドラマで華々しく活躍し、「すこし愛して、ながく愛して。」というキャッチコピーのウイスキーCMでも一世を風靡した。 私生活では1973年に渡瀬恒彦さん(享年72)と結婚。5年後に離婚した。1980年には森進一(71才)と再婚したが、わずか4年で破局を迎えた。『シンソウ』では、森との結婚の2年後、妊娠した大原さんが「お腹が大きくなると撮り直しになる」と女優業への支障を心配し、中絶したことを政光さんが明かした。 だが佐藤さんは「麗子さんが中絶した理由は仕事だけではないように思う」と話す。「そもそも麗子さんが子供を欲しがったことはありませんでした。その理由は彼女の家族にあります。彼女は暴力的で浮気を繰り返していた父親との確執が大きく、“家族”によいイメージを持っていなかった。だからこそ家庭より仕事にこだわったんです。 森さんとの子供を中絶したことの根の部分には、家族に対する不信感もあったのではないでしょうか」 晩年、ギラン・バレー症候群や乳がん、うつ病に苦しんだという大原さんは、2009年8月6日に東京・世田谷区内の自宅で遺体となって見つかった。不整脈による脳内出血ですでに死後3日経過しており「孤独死」と騒がれた。 公には彼女は、大原家の菩提寺である本覚山妙壽寺の墓に入ったとされる。だが佐藤さんは、「麗子さんにはもう1つお墓があるんです」と打ち明ける。「お父さんと確執があった麗子さんは、森さんと離婚後に『大原ではなく、お母さんの旧姓の飯塚に戻したい』と強く希望し、家庭裁判所で手続きをして『飯塚麗子』になりました。彼女の死後、遺骨は確かに妙壽寺に納められましたが、実はお母さんが眠る都内の寺院でも供養されています」 大原さんと母親を供養する寺院の住職が回想する。「大原さんは小学生だった頃、お母さんに連れられてこの寺を訪れました。お母さんは家庭内暴力と浮気が原因で家を飛び出してきたばかり。当時は離婚した母娘が2人だけで生活するなんてことは考えられない時代でしたが、お母さんは覚悟を決められて『私と娘が死んだらここで一緒に弔ってほしい』と言いました。私どもはその約束を守り、共同供養塔で2人を弔っています。ここに大原さんの遺骨はありませんが、これからも母娘の位牌を供養していくつもりです」※女性セブン2019年7月11日号
2019.06.27 16:00
女性セブン
座長でもある井ノ原快彦
『特捜9』現場に確執 責任感じる座長・井ノ原快彦の苦悩
 ドラマや映画の撮影現場には、出演者やスタッフをまとめる「座長」が存在する。主役がその役割を果たすことが多いが、座長の旗振り次第で、作品の良し悪しが決まるといっても過言ではない。その重責を背負い、闘っている主演俳優がいる。彼が直面した人気シリーズゆえの苦境とは──。『特捜9 season2』(テレビ朝日系)は、警視庁捜査一課特別捜査班の刑事たちが難事件の解決に挑む刑事ドラマ。もともとは2006年に『警視庁捜査一課9係』として始まったが、主演の渡瀬恒彦さん(享年72)が2017年に急逝したことを受け、井ノ原快彦(43才)が主演を引き継いでリニューアルした後継作。昨年に続き、シリーズ2作目の放送となる。『9係』は10年以上続いた人気シリーズだが、『特捜9』もシーズン1は全話平均で視聴率14%を記録。シーズン2も第1話で15.2%を獲得し、今クールのドラマ視聴率で1位を争うほど絶好調だ。 井ノ原演じる特別捜査班主任・浅輪直樹を中心に、個性派ぞろいの刑事たちが協力して事件を解決に導く本作。しかし、現場では不穏な空気が流れているという。「本作では複数の監督を起用しているのですが、シーズン2では『9係』の1作目からメガホンをとってきた大御所の監督2人が“リストラ”されました。代わりに新しく気鋭の監督を起用したのですが、そのやり方に合わないという俳優さんが何人かいたんです。表立って批判することはないものの、“アクションが多すぎて若者向けのように感じるがいいの?”“撮り方もせりふ回しも変わりすぎのように思う”とこぼしていた人もいた」(番組関係者) また、特別捜査班の刑事・村瀬健吾役の津田寛治(53才)は6月13日に行われた打ち上げを欠席。一部スタッフの間では「あの様子では来ないのも無理はない」と囁かれていたという。津田はある日の撮影終了時、スタッフたちの前で「このシリーズがここまで続いてきたのは、前作までの監督の力が大きい」と話したそうで、わざわざ今作の監督の耳に入るように発言したと思ったスタッフもいたという。 そんな空気に誰よりも責任を感じていたのが、井ノ原だった。そもそも、このドラマの撮影現場はかなりストイックなことで知られる。『9係』の時は、渡瀬さんが現場を仕切り、“最高の作品を作りたい”という熱い思いから、共演者やスタッフに対して怒号を飛ばすこともあったという。 主演のバトンを引き継いだ井ノ原は、そんな“渡瀬イズム”も継承していた。「渡瀬さんは2015年に余命1年という宣告を受けながら、2016年のシーズン11を演じ切りました。翌年も出るつもりで病室に台本を持ち込み、せりふを完璧に覚えていた。その矢先に亡くなり、井ノ原さんをはじめ関係者は号泣しました。 昨年のシーズン1の撮影時は、現場に渡瀬さんの遺影を置き、渡瀬さんから叱咤激励を受けているような気持ちになりながら、みんなが一枚岩になって高視聴率をキープしました。不安や重圧から解放されたのも束の間、シーズン2を前にして“前作以上の結果を残さないと”という大きなプレッシャーが井ノ原さんにはあった」(別の番組関係者) 実は、シーズン1の時から、井ノ原のアイディアで脚本を変更することがたびたびあったという。せりふだけでなくシナリオの内容を変えることもあった。スタッフはその都度調整を迫られたが、“渡瀬さんの遺言”をしっかり実践していこうという井ノ原の作品への強い思い入れを感じていたという。「シーズン1を乗り越えて、井ノ原さんは名実ともに座長となりました。スタッフは監督人事について、井ノ原さんには事前に相談をしていたはずです。ただ、2014年も共演しているほかの共演者への気遣いを怠り“座長”ありきの選択になってしまったのかもしれません。井ノ原さんとしては、よりいい作品になるためにと、スタッフや監督の入れ替えも受け入れていたはず。でも、それがきっかけで現場の折り合いが悪くなってしまったことに、彼のことですから少なからず責任を感じているのではないのでしょうか」(前出・別の番組関係者) テレビ朝日に監督人事の経緯について聞いたが、「制作過程に関しましては、従来お答えしていません」(広報部)と答えるのみだった。『9係』時代のファンの期待を裏切らず、かといって飽きられないように工夫を続け、『9係』のような長寿シリーズにしなくてはならない──。井ノ原は、生前の渡瀬さんから「このドラマは井ノ原の成長次第」と言われ、バトンを受け取った。「『V6』内でもメンバーのまとめ役であり、『あさイチ』(NHK)では8年にわたり的確なコメントや絶妙なフォローで番組の人気を支え続けてきた。業界内では“井ノ原さんほど真っすぐな人はいない”という評判。スタッフにも共演者にも“いい顔”で適当に済ませるのではなく、言うべきことはしっかりと言う。今回は現場で起こった“混乱”の責任も座長である彼が背負うことになってしまった。 この騒動は、長期シリーズのドラマが直面しやすい問題でもある。これを乗り越えてこそいいチームになっていくのでしょうが、座長は大変です」(前出・番組関係者) 本作のキャッチコピーは「これが最強捜査チーム。」。シーズン3でも、今のメンバーで、最強のチームワークを見せてほしい。※女性セブン2019年7月4日号
2019.06.22 07:00
女性セブン
ドラマ『わたし、定時で帰ります。」の公式サイトより
ジャニーズが新戦略か、連ドラ主演減り2~5番手の助演増加
 連続ドラマに多くの主演俳優を送り込んできたジャニーズ事務所だが、ここ最近の連ドラを見ると“主演以外”という傾向が浮かび上がってきた。ジャニーズの新戦略ともいうべき状況をコラムニストでテレビ解説者の木村隆志さんが解説する。 * * *「ジャニー喜多川社長が緊急入院」というニュースが報じられ、心配の声が広がっていますが、この春の連ドラでは、ジャニーズ事務所の新時代を見据えた戦略が見て取れます。 その戦略とは、連ドラの主演(1番手)ではなく、2~5番手の助演を務めること。 現在放送されているプライムタイムの春ドラマで主演を務めているのは、『インハンド』(TBS系)の山下智久さんと『特捜9』(テレビ朝日系)の井ノ原快彦さんのみ。ただ、井ノ原さんは2006年から2017年まで放送された『警視庁捜査一課9係』の主演・渡瀬恒彦さんが亡くなったことによる繰り上がりであり、新作ではありません。 一方、2~5番手の助演として、『わたし、定時で帰ります。』(TBS系)にKAT-TUNの中丸雄一さん、『パーフェクトワールド』(関西テレビ、フジテレビ系)にSixTONESの松村北斗さん、『白衣の戦士!』(日本テレビ系)にジャニーズWESTの小瀧望さん、『ストロベリーナイト・サーガ』(フジテレビ系)にKAT-TUNの亀梨和也さん(名目上はダブル主演ですが事実上の2番手)、『俺のスカート、どこ行った?』(日本テレビ系)にKing & Princeの永瀬廉さん、なにわ男子の道枝駿佑さんと長尾謙杜さんが出演しています。 また、7月スタートの夏ドラマでもプライムタイムの主演は、シリーズ作である『刑事7人』(テレビ朝日系)の東山紀之さんのみ。一方、2~5番手の助演として、『監察医 朝顔』(フジテレビ系)に風間俊介さんとSixTONESの森本慎太郎さん、『これは経費で落ちません!』(NHK)にジャニーズWESTの重岡大毅さん、『ボイス 110緊急指令室』(日本テレビ系)にNEWSの増田貴久さんが出演します。 ジャニーズ事務所のタレントと言えば、主演のイメージが強く、メディアに対する営業力を持っているにも関わらず、なぜ2~5番手の助演の出演が増えているのでしょうか。◆バッシングを避け、チャンスをうかがう これまでプライムタイムの連ドラで主演俳優を務めてきた主なジャニーズ所属タレントは、東山紀之さん、中居正広さん、木村拓哉さん、松岡昌宏さん、長瀬智也さん、岡田准一さん、堂本剛さん、大野智さん、櫻井翔さん、相葉雅紀さん、二宮和也さん、松本潤さん、山下智久さん、生田斗真さん、錦戸亮さん、亀梨和也さん、玉森裕太さん、山田涼介さん、中島健人さん。また、退所する前は、稲垣吾郎さん、草彅剛さん、香取慎吾さんも多くの作品で主演を務めました。 ここに挙げた人は現在も人気者であり続けている一方、連ドラで主演を務める回数は明らかに減りました。また、近年ドラマよりも映画出演を優先させてきた岡田准一さんだけでなく、木村拓哉さんや二宮和也さんらも映画に注力しはじめています。さらに、山田涼介さんが7月からの夏ドラマ『セミオトコ』(テレビ朝日系)で主演を務めるように、「プライムタイムを避けて深夜帯」という形も目立ちます。 これらの傾向は、低視聴率報道や責任を主演俳優に問う世間の声を嫌い、プライムタイムへの出演は、内容と共演者を吟味しているから。ここまで培ってきたステイタスを下げず、主演俳優であり続けるための戦略なのでしょう。 しかし、ジャニーズ事務所は、それだけで終わりません。上記に挙げた以外の中堅には主演に次ぐポジションを、若手には経験を積ませつつ名前と顔を売るための2~5番手を確保しているのです。助演での活躍が視聴者やスタッフからの支持を集めれば、主演の道も開けてくるもの。つまり、2~5番手の助演での出演は、「バッシングを受けにくく、チャンスをうかがえる」という実に堅実な戦略なのです。◆バラエティーにもジャニーズJr.を送り込む 堅実路線は連ドラだけでなく、バラエティーも同様。多くのジャニーズJr.を民放各局のレギュラーとして送り込むことで、大物MCたちとの仕事を経験させるとともに、視聴者に名前と顔を売っているのです。かつてのSMAPや嵐がそうだったように、連ドラとバラエティーの相乗効果でメンバーの実績と人気を上げながら、各グループのスケールを大きくしているのでしょう。 現在発売中の雑誌『AERA』『an・an』でKing & Princeが、『MORE』『Ray』でHey! Say! JUMPが表紙を飾るなど、他メディアへの露出も意欲的。昨年、TOKIOや関ジャニ∞のメンバーが脱退したほか、滝沢秀明さんも芸能界引退して裏方に回るなど、これまでジャニーズ事務所を担ってきた主力級がアラフォー世代に差しかかる過渡期だけに、若手の育成に注力している様子がうかがえます。 連ドラの主演に抜てきされると「ゴリ押し」と叩かれやすい時代だけに、5番手から4番手、4番手から3番手、3番手から2番手……と主演へのステップを刻む戦略は、「タレントを大切に育てる」という意味でも、理にかなっているのではないでしょうか。【木村隆志】コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月20本超のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組に出演。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動している。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』『独身40男の歩き方』など。
2019.06.22 07:00
NEWSポストセブン
打ち上げを欠席した津田
『特捜9』打ち上げに津田寛治欠席、現場激震の“事件”も
 梅雨の晴れ間となり、東京に暑さが戻った6月13日。六本木のクラブには、有名俳優たちが次々と集まっていた。井ノ原快彦(43才)、寺尾聰(72才)、吹越満(54才)、羽田美智子(50才)、原沙知絵(41才)──人気ドラマ『特捜9 season2』(テレビ朝日系)の出演者たちだ。『特捜9』は、警視庁捜査一課特別捜査班の刑事たちが難事件の解決に挑む刑事ドラマ。もともとは2006年に『警視庁捜査一課9係』として始まったが、主演の渡瀬恒彦さん(享年72)が2017年に急逝したことを受け、井ノ原が主演を引き継いでリニューアルした後継作。昨年に続き、シリーズ2作目の放送となる。『9係』は10年以上続いた人気シリーズだが、『特捜9』もシーズン1は全話平均で視聴率14%を記録。シーズン2も第1話で15.2%を獲得し、今クールのドラマ視聴率で1位を争うほど絶好調だ。 井ノ原演じる特別捜査班主任・浅輪直樹を中心に、個性派ぞろいの刑事たちが協力して事件を解決に導く本作。その人気ドラマの打ち上げとなれば、俳優たちがドラマさながらの結束力で盛り上がり…と思いきや、打ち上げに現れなかった主要キャストがいる。特別捜査班の刑事・村瀬健吾役の津田寛治(53才)だ。「このドラマは渡瀬さん時代から、出演者もスタッフも団結していて打ち上げを休む人はほとんどいませんでした。津田さんは“スケジュールが合わないため”欠席となりましたが、一部スタッフの間では“あの様子では来ないのも無理はない”と囁かれていました。今回、一部の出演者の間でフラストレーションがたまっていた。撮影現場でも不穏な空気が流れることも度々ありました」(番組関係者) 不協和音が鳴り響いたきっかけは、スタッフ人事をめぐるものだったという。「本作では複数の監督を起用しているのですが、シーズン2では『9係』の1作目からメガホンをとってきた大御所の監督2人が“リストラ”されました。代わりに新しく気鋭の監督を起用したのですが、そのやり方に合わないという俳優さんが何人かいたんです。表立って批判することはないものの、“アクションが多すぎて若者向けのように感じるがいいの?”“撮り方もせりふ回しも変わりすぎのように思う”とこぼしていた人もいた」(前出・番組関係者) そうした俳優陣の不満に耳を傾けていたのが津田だった。ある日の津田の撮影終了時、共演者やスタッフの間に激震が走る“事件”が起きたという。「津田さんはスタッフたちの前で、“このシリーズがここまで続いてきたのは、前作までの監督の力が大きい”と話したそうです。みんなが思っていることを代弁したつもりだと思いますが、わざわざ今作の監督の耳に入るように発言したように聞こえました。現場の確執を感じた瞬間でした」(前出・番組関係者) 井ノ原が演じる大切なシーンを前に、これ見よがしに現場から立ち去った俳優もいたという。「自分の出番を終えても、主演の大事な場面を見るというのは当然。テレ朝サイドへの抗議めいた行動をしたかったんでしょうが、井ノ原さんはかなり困惑した様子でした」(前出・番組関係者) 津田の打ち上げ欠席を知ったほかの出演者たちは、別日に彼を呼んで食事会を開いたという。※女性セブン2019年7月4日号
2019.06.21 07:00
女性セブン
30年ほど病と闘っている渡。引退決意か
リハビリ中の渡哲也 亡き弟との絆と闘病支える一人息子
 昨年9月から一向に姿を見せない渡哲也(76才)。石原プロが集結した、今年7月に営まれた石原裕次郎さんの三十二回忌法要も欠席だった。今年9月では毎年恒例となっている宝酒造『松竹梅』のCM撮影を行ったが、昨年と異なり撮影後のスポーツ紙の取材はなかったという。 渡は1991年に直腸がんが見つかり、手術後、人工肛門をつけることを余儀なくされた。その後も肺気腫やぜんそくといった呼吸器系の持病に苦しめられてきた。さらに、2015年6月には急性心筋梗塞で倒れ、緊急手術をしている。「実際には外出時も酸素吸入器を外せない状態です。今年も壮絶な闘病の中でのCM撮影だったそうです」(広告関係者) 最近は近所を歩くこともままならず、自宅療養が続いているようだ。 これまで渡は、体調が心配される中でもたびたび復帰を果たしてきた。昨年4月には、周囲が「体力的に大丈夫なのか」と心配する中、石原プロの「相談取締役」として経営陣に復帰した。1か月前の3月に実弟である渡瀬恒彦さん(享年72)が亡くなったことが理由の1つだったという。「渡瀬さんは2015年秋に胆のうがんが見つかりましたが、がんは小康状態。亡くなったきっかけは『肺気腫』でした。奇しくも、渡さんも同じ病気で苦しみ、兄弟の母・雅子さんもかつて肺炎で亡くなっている。実は、それまでは滅多にしなかったのに、闘病が始まってからお互いの家を行き来するなど、頻繁に連絡を取り合っていました」(渡瀬さんを知る関係者) 渡瀬さんはスペシャルドラマ『そして誰もいなくなった』(テレビ朝日系)で、末期の肺がんに侵された狂気の犯人役を演じきり、その放送の11日前に亡くなった。「渡さんは、渡瀬さんと“どちらが先に逝っても、派手なお別れ会はやめておこう”と約束したそうです。また、渡瀬さんが死の直前まで次の撮影を考えていたことに、“同じ役者としての絆を感じた”と深い感銘を漏らしていたそうです」(前出・関係者) 渡が仕事への情熱を燃やし続けるのには、さらに「もう1つの理由」があるという。渡は1971年に俊子夫人とハワイで2人だけで結婚式を挙げ、その後、息子が誕生した。「息子さんは小学校から両親と同じ青山学院で、大学卒業後は芸能界には進まず、大手ゼネコンに就職したと聞いています。渡さんの病状が心配だからか、4年ほど前に、渡さんの家の近くに引っ越してきました」(近隣住民) 息子が住むのは、実家から歩いて2分程度のところにある一戸建てだという。「2014年に渡さんは自宅を全面バリアフリーにリフォームしました。工事に際して渡さんは近くの一戸建てを“仮住まい”にしていましたが、そのリフォームを仕切っていたのが息子さんでした。工事が終わると渡さんは元の自宅に戻りましたが、仮住まいにしていた家を建てかえて、そのまま彼が住んでいるそうです」(渡の知人) 親孝行な一人息子に闘病を支えられている渡。だが、周囲にはこんなことを漏らしているという。「息子さんはもう40代中盤になっていますが、まだ結婚していないようなんです。だから渡さんは周囲に“早く嫁さんをもらってほしい”“孫を見たい”とよくこぼしているそうです」(芸能関係者) 2015年の国勢調査によると、40~44才の男性の未婚率は29.3%で、45~49才男性でも未婚率は25.2%にのぼる。40代男性の4人に1人が結婚していないのが現状だ。渡のように、老後になっても“未婚の子供”に頭を悩ませる親は少なくない。「渡さんは息子さんのことを大事に育ててきた。一般社会で生きることを選んだ彼に迷惑をかけまいと、一切、息子さんの情報は明かしてこなかった。彼が結婚しない理由はわかりませんけど、いちばんの親孝行は孫の顔を見せることですからね。渡さんも“孫を見るまでは”という気持ちで頑張っているんだと思います」(前出・渡の知人) 誰にも泣き言を言わず、渡は厳しいリハビリを続ける。※女性セブン2018年11月15日号
2018.11.02 07:00
女性セブン
30年ほど病と闘っている渡。引退決意か
酸素吸入器外せない状態の渡哲也、壮絶闘病の中CM撮影
「渡さんは毎年秋に宝酒造『松竹梅』のCM撮影をしており、そのCMは年末年始に流れる冬の風物詩です。今年も9月に撮影が行われたそうですが、昨年と違ってスポーツ紙の取材はなかったようです。渡さんは昨年のCM撮影から表舞台に出ていないですし、健康状態がとても心配です。それほど周囲に見られたくない理由があったのでしょうか…」(テレビ局関係者) CM撮影から1か月ほどたった10月中旬、渡哲也(76才)は都心のある病院を訪れた。多くの有名人や政治家が利用することで知られる病院だ。「呼吸器内科など複数の科で検査を受けたと聞きました。入院ではなかったそうですが、気になります。それほど体調が思わしくないのかもしれません」(芸能関係者) 渡は1991年に直腸がんが見つかり、手術後、人工肛門をつけることを余儀なくされた。その後も肺気腫やぜんそくといった呼吸器系の持病に苦しめられてきた。「ドラマ出演は、2013年9月放送の『十津川警部』シリーズ(TBS系)にゲスト出演したのが最後。その作品はシリーズの第50作記念作品で、主演する弟・渡瀬恒彦さん(享年72)たっての頼みで出演に応じました。しかし、それ以来、俳優としては休業状態です」(前出・芸能関係者) 2015年6月には急性心筋梗塞で倒れ、緊急手術。それでも『松竹梅』のCM出演は欠かさず、昨年秋には吉永小百合(73才)と撮影に臨んだ。その時、渡は自身のリハビリについてこう語っていた。《食欲はあります。週に2~3回、理学療法士に来ていただいています。ストレッチやスクワットをしたりエアロバイクに乗ったり、あとは自宅周辺を歩いたりしています》「しかし、実際には外出時も酸素吸入器を外せない状態です。今年も壮絶な闘病の中でのCM撮影だったそうです」(広告関係者) 最近は近所を歩くこともままならず、自宅療養が続いている。近隣住民が言う。「ご自宅にはいらっしゃると聞いていますが、渡さんのお姿はめったに見かけません。散歩もできていないのではないでしょうか。最近は、お抱えの運転手さんが後部座席を“空”にしたまま走っている姿ばかり見ます」 医療ガバナンス研究所の内科医・上昌広さんが渡の病状をこう推測する。「おそらく肺気腫が原因で、動くこともままならないのでしょう。肺気腫は常に息が苦しい状態なので、本当につらい。しかも渡さんは過去に心筋梗塞を患っていますから、さらに酸素濃度が不足する。何気ない日常生活の中でも、息切れしてしまって、仕事どころではありません」 常人であれば、動けない状態。それでも渡自身は仕事への意欲を失っていないという。「相変わらず、自宅で執念のリハビリをしているそうです。実はつい先日、久しぶりに理容室を訪れたとか。そこは長年通っている店で、いわば渡さんの“専属ヘアメーク”。数は少ないですが、外出の機会に備えてのものでしょう」(渡の知人)※女性セブン2018年11月15日号
2018.11.01 07:00
女性セブン

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