河野景子一覧

【河野景子】に関するニュースを集めたページです。

河野恵子さんに2022年のあくる日、カレについて聞いた
河野景子、再婚に暗雲 交際相手ジャッキー・ウー氏が抱えるビジネス上のトラブル
 雨が降り、季節外れの寒さとなった5月中旬の朝。フリーアナウンサーの河野景子さん(57才)の姿は、東京・青山にあった。黒いカーディガンに黒いスカート、手には黒いコートと、シックな装いにピンクの傘を合わせた彼女は、明るい表情で本誌・女性セブンの取材に応じた。──もう再婚はした?「あっ、してないです」──相手の男性とは一緒に住んでいる?「いいえ、住んでいません。まあ、いい歳の人たちのことなのでね……」──(再婚の)予定は?「それもまだわからないことです……」 23年間連れ添った元横綱の貴乃花光司(49才)と2018年10月に電撃離婚した景子さん。彼女の離婚後、初ロマンスが『週刊文春』に報じられたのは、2020年12月のことだ。記事に書かれていたのは、日中から手をつなぎ仲睦まじく出かける様子や、テニスデートを楽しんだり、ワインバーで口づけをしたりと、人目を憚ることなく急接近するふたりの姿だった。 お相手はジャッキー・ウーこと大平義之氏(年齢非公開)。横浜中華街で料理店を営む中国系二世の父と日本人の母を持つ彼は、痩身エステティックサロン「フェミニンアネックス」のオーナー社長で、映画製作も手がけている。「まだ景子さんが貴乃花部屋のおかみさんだったときに、知人の紹介で彼のエステサロンに通い始めたのが出会いでした。交際に発展したのは、離婚後の2019年6月頃から。ジャッキーさんにも離婚歴があり、ふたりはバツイチ同士です」(景子さんの知人) 2021年8月には、ジャッキーが『サンデー・ジャポン』(TBS系)に出演し、景子さんとの関係をこう明言した。「結婚はします、当然。(中略)教会とかは決まってないですけど、一緒にお墓に入ることは決まっています。式というよりも籍という」 夫や家族のサポートに徹して23年、新しいライフステージに進むために景子さんがまず変えたのは、環境だった。2019年6月には、貴乃花が2003年に東京・品川区内の高級住宅地に建て、長年家族で住んだ思い出の豪邸から、都内のマンションへ引っ越した。「このマンションはひとり暮らしをするための部屋で、ジャッキーさんとは一緒に住んでいなかったと聞いています」(前出・景子さんの知人) 実は最近になって、景子さんの姿が別の超高級マンションで見られるようになった。景子さんの周囲の人たちは「ようやくジャッキーさんと一緒に暮らし始めたのか」と口々に話していたが、どうもそうではないという。「いま、景子さんは次女と2人で暮らしています。当初は、昨年春、次女の大学進学のタイミングで結婚するという話でした。どういう訳かそれが延期になり、さらに今年の春、次女の成人を待って籍を入れるという話でしたが、それも流れています。いまや景子さんを前にして“再婚”の二文字を出すのはタブー。白紙に戻ったのだと思いますよ」(前出・景子さんの知人)貴乃花との金銭トラブル報道 交際発覚当初は再婚への意欲を見せていた景子さんとジャッキー。進展がないのは、いったいなぜなのか。理由として考えられるのが、昨年8月に浮上した貴乃花との「金銭トラブル」だ。「景子さんが貴乃花親方から突然“婚姻中に使ったお金を返してほしい”と要求されたと一部週刊誌で報じられたのです」(芸能関係者) たしかに、貴乃花の懐事情は厳しいように見える。最近のメディア露出といえば、不定期のバラエティー番組の出演ぐらいだ。「2019年5月には、若者たちの心身の成長のためにと、一般社団法人『貴乃花道場』を設立しましたが、コロナ禍で門下生が集まらず苦戦しています。講演会の依頼もコロナで軒並み減少気味で、収入が減っているのは事実でしょう」(貴乃花の知人) 一方で、この貴乃花の知人は「景子さんに金を無心するほど困っているとは思えない」と指摘する。「金銭要求の件は、かつて貴乃花部屋にいた元力士がYouTubeで、“景子さんがちゃんこ代をケチっていた”などと話したことがあるんです。それを伝え聞いた貴乃花親方が“金はずいぶん渡していたけど、ほかで(部屋の活動費以外で)使っていたのなら返してほしい”と周囲に漏らしたことはあって……。そういう話に尾ひれがついて広がったんじゃないかな」 では、景子さんが再婚に踏み切れない本当の理由は何なのか。囁かれているのが、ジャッキーへの不信感だという。たとえば彼が会社の登記簿に記載している現住所は、都内の一等地にあるものの、築年数の古いワンルームのアパートで、家賃は6、7万円程度。エステサロンのオーナーが住んでいるとは到底思えないような外観である。 さらにジャッキーはビジネス上のトラブルも抱えていると報じられてきた。昨年8月、ジャッキーは黒木瞳(61才)主演の映画を製作した。「同じタイミングで、彼の会社が超音波美顔器の宣伝に黒木さんの名前を無断使用したとして、黒木さんの事務所が抗議したことがありました。過去の映画製作では、ギャラの未払い問題も起きたそうです」(映画関係者) さらに本業の痩身エステをめぐっては、こんなトラブルが報じられたこともある。「昨年2月、彼が経営するエステサロンで、施術を受けた女性のバストの外側がやけどのようになってアザが残るなどの問題が発生。女性が治療費や施術料の残金を求め、国民生活センターの紛争解決委員会に仲介依頼したというものでした」(エステ業界関係者) こうしたトラブルは景子さんにとっては予期せぬものだったに違いない。「結婚生活のなかでたくさんの苦労やがまんをしてきた彼女は次の結婚では“絶対に苦労したくない”という思いを強く持っていました。公私共に信頼できるパートナーだと思ったジャッキーさんが、実は“ワケあり”だったとは……景子さん本人がいちばん驚いていると思いますよ」(前出・芸能関係者) 冒頭の取材で景子さんは、貴乃花との金銭トラブルやジャッキーのビジネス上のトラブルについても、明るい表情でこう語った。「(貴乃花との)金銭トラブル? そんなものないです(笑い)。離婚するときに何も決めずに離婚してしまったので、いろんなことを決めなくてはいけない段取りはありましたけど」──ジャッキー氏のサロンでの揉め事は把握していた?「私が知り合ってからはトラブルがあったと聞いたことがありません」──景子さんと知り合う前に何かあった?「いや、事情はわからないです……」 だが、子供たちが再婚についてどう思っているかを聞くと、そのときだけ、彼女の口は一瞬重くなった。「子供たちとは再婚の話はしていませんね……」 景子さんは離婚後に出版した自著『こころの真実 23年のすべて』(世界文化社)で《あとどれくらいの人生があるか分かりませんが、自分らしく生きていきたい》と綴っていた。いまの彼女はその希望を叶えられているのだろうか。※女性セブン2022年6月2日号
2022.05.19 11:00
女性セブン
映画出演までの裏側を赤裸々に語ってくれた花田優一氏(撮影/藤岡雅樹)
映画初出演の花田優一が独占告白「母・河野景子さんからの電話」
 元横綱・貴乃花(花田光司氏)の長男で靴職人・タレントの花田優一氏(26)が10月24日、映画『残照のかなたに』(2022年公開予定)に俳優として初出演することを記者会見の場で明かした。同作は年老いた作家と看護師の物語を描く短編映画で、優一氏は作家の主治医役を演じる。監督を務めるのは、母・河野景子さんの再婚相手として婚約中のジャッキー・ウー氏。近い将来に“義理の親子”となるであろう2人の“共演”とあって会見では報道陣から優一、ジャッキー両氏に「お母さんは何と言っているのか」「(河野と)籍は年内に入れるのか」などプライベートに関する質問が集中した。 会見では終始、芸能記者からの質問を受け流していた優一氏が、「俳優挑戦」についてどの程度本気なのかは語られなかった。タレントや歌手としてテレビ番組への出演は多いが、本業はあくまで「靴職人」。会見を終え、映画出演のニュースが報じられると、ネット上では「真剣にやるつもりがあるのか」「演技を舐めるな」など批判の声も上がった。 優一氏はどんな思いで出演を決めたのか――。会見では語られなかった俳優挑戦への想い、映画出演の裏にあった母・景子さんや“義理の父”になるジャッキー監督とのやり取りなどについて、優一氏本人が赤裸々に語った。 撮影前にジャッキー監督と2人で語り合ったこと まずは、演技について素人の優一氏が出演に至った経緯についてだ。世間からは「コネで映画に出たのではないか」などと囁かれているが、母やその“再婚相手”であるジャッキー監督からオファーを受けたのだろうか。「映画出演にあたって、ジャッキー監督からオファーをもらったワケではありません。もともとプロデューサーの新田(博邦)さんと知り合いで、1年ほど前から『演技をやってみないか』というお話しをいただいていたんです。ただ、監督がジャッキーさんとなると世間がまたいいようにネタにするでしょうし、『客寄せパンダとしてカモにされるのでは』と思ったので(笑)、最初はお断わりしたんです。でも新田さんは熱心に誘い続けてくださったので、真剣味を感じて『監督のほうがOKなら出ます』と伝えました。最終的に出演が決まったのはつい数か月ほど前。ギリギリの日程でした」(優一氏、以下カギカッコ内は同) 当初は、ジャッキー監督も優一氏と同様の懸念から出演に難色を示したという。それでも脚本を一部調整することを条件に最終的にはキャスティングを了承。2人の間では撮影に入るにあたって、どのようなやり取りがあったのか。「『男だけで話がしたい』ということでジャッキー監督と2人、会議室でお互いが思っていることについて語り合いました。監督は僕が世間から『コネで映画に出た』と批判されたり好奇の目に晒されたりするのではないかということを心配してくださっていたので、『慣れっこなので気にしないでください』と伝えました。その上で、どうせ出るなら『父や母との関係や複雑な生い立ちなどについて役柄に反映してもいいですよ』と言いました。 ただ、ジャッキー監督は作品をまとめるにあたってはそうした話題作りのようなことはせず、『映画は僕の世界だから、安心して委ねてほしい。しがらみから守ります』と言ってくれました。僕はその気持ちに感謝して、『期待に応えられるよう、精一杯頑張ります』と伝えました」景子さんから「大丈夫なの?」と電話が 再婚相手と実の息子が監督と役者として“共演”することになり、複雑な立場になった母・河野景子さんとはどんな話をしたのか。「僕からは何も相談していなかったのですが、先にジャッキー監督が話をしていたようで母からは電話がありました。『映画に出るなんて大丈夫なの?』と心配する内容だったので、一言『心配しないで』とだけ伝えました。映画出演に関して母と話したのはその電話1回きりです。僕は学生時代にバスケットボールをやっていたのですが、その試合の応援に来られるのが大の苦手だったんですよ(笑)。母はそんな僕の性格を知っているので、一度決めた後は何も言わずに任せてくれたのだと思います。 以前からたまにジャッキー監督と母と一緒に食事をする機会はありましたが、そういう時は仕事の話は一切しません。母からすれば心配かも知れませんが、今回は監督と相談する時も母は関与させずに、男だけで話をしました。ですが出来上がった作品についてはぜひ母にも観てもらいたいですね」 演技の仕事はこれが初めてというが、もともと興味を持っていたのか。「『俳優になりたい』と思ったことはありませんが、芸能の世界にいると演技というのは身近なものだったので意識はしていた。漠然と興味はあったので、『もしオファーをいただけたら出てみたい』という思いはありました」 信州・上田で行うロケは10月末から本格的に開始されるが、すでに「本読み(台本読み)」は始まっているという。演技指導や撮影の現場は「目からウロコの連続」だと語る。「まず始めに驚いたのが、監督から『もっと上手に嘘をついて』と指導されたことです。嘘をつくことを自然にやるという作業は本当に難しいですが、“自分とは違う誰か”になることを突き詰めていく作業は“クセになりそうだな”と感じています。僕が演じるのは医師の役ですが、これまで靴職人として人の身体のことを考えてきたので親近感を抱いています。また今回は20分のショートムービーですが、2時間の映画を作れるくらいじっくり撮影をしています。満足いくまで何テイクでも撮り直すという仕事のやり方はいままで経験がなかったので凄く楽しいですね。また靴職人は個人事業主ですが、映画はチームプレー。多くの人と作り上げていくというのも普段と違って刺激を受けています」アンチでも何でも「映画を観てもらえたら勝ち」 主演を務める林与一氏(79)は俳優一家に生まれ、美空ひばりの相手役として人気を博した昭和の大スター。優一氏は稽古場での林氏の佇まいや会話からも学ぶことが多いと語る。「初めて本読みに向かう時に、街でふと『粋だな、カッコいいな』と思うおじいさんを見かけたんです。どこか厳そかというか、佇まいが凜としている人だったのですが、歩けども歩けどもその人が近くにいて。で、同じスタジオに入ったところで『この人が林さんか!』とやっと気付いたんです(笑)。マスク姿だったので顔ははっきり分からなかったのですが、ほかの人たちとはどこか佇まいが違いました。 いざ稽古が始まって林さんと休憩時間にお話をさせていただくと、会話のテンポや間が絶妙に聞き取りやすくて声もすごく素敵なんです。発する言葉や動きが力強くて御年79歳とは思えない、目に見えぬ“波動”のようなエネルギーを感じますね」 今月末から信州に入り、本格的に撮影に臨んでいく優一氏。今回の「俳優挑戦」に対して賛否あることは本人も理解している。しかし、本人は「それすらも歓迎」と話す。「素人の僕が演技をすることに対して、世間から色々な声があるのは理解しています。ですが、ジャッキー監督とも話しましたが作品には自信があります。僕のアンチでも何でもいいから作品を観てもらえさえすれば“勝ち”だと思っています。僕の演技がどうかについて語ることも含めて、観てもらわなければ何も始まらない。 それにこの映画は来年のブリュッセル国際映画祭に参加する予定です。僕のことを誰も知らない海外で評価してもらえるというのもやりがいになります。もちろん生半可なことではないと思いますが、恥ずかしくないように頑張りたいですね」 ジャッキー監督は自身の監督作『キセキの葉書』(2017年)で鈴木紗理奈がマドリード国際映画祭・最優秀外国映画主演女優賞、『ばあばは、だいじょうぶ』(2019年)で寺田心がミラノ国際映画祭の外国映画部門で主演男優賞を獲るなど「役者に賞を取らせる監督」と呼ばれている。今回の優一氏の役者挑戦がどう評価されるか――その本当の賛否は作品を観るよりほかない。
2021.10.25 11:00
NEWSポストセブン
明石家さんまは『明石家サンタ』で長年、八木亜希子アナと共演
女子アナのタレント化は『オレたちひょうきん族』から始まった
 バラエティ番組において、女子アナは、大物MCと共演することで成長していく。「てれびのスキマ」こと戸部田誠氏がレポートする。 * * *「女子アナ」という概念は「楽しくなければテレビじゃない」を標榜していた1980年代のフジテレビが作ったものだと言われている。より詳しく言えば、ビートたけし、明石家さんまが出演していた『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系、1981~1989年)が始まりだった。 その人気コーナーのひとつ「ひょうきんベストテン」は当初、明石家さんまが司会を担当していたが、島田紳助に交代。それに伴って、アシスタントとして山村美智子アナウンサーが起用された。「元祖・ひょうきんアナ」の誕生である。 それまでであれば、進行役であれば良かったのだが、何でもありだった『ひょうきん族』はそんなに甘くはない。後ろからイタズラもされ、首まで絞められる。目の前で全裸になられたり、スカートをめくられたり、セクハラも当たり前。その時のリアクションがウケてアナウンサー=原稿を読む人という概念が覆され、タレント化した「女子アナ」が誕生した。 こうした流れを受け、1988年に有賀さつき、河野景子、八木亜希子という、のちに「花の三人娘」などと呼ばれるスター女子アナが一挙にフジテレビに入社した。河野景子は学生時代から大ファンだった明石家さんまと番組で共演した際、「きっと俺ら結婚するで!」と言われ有頂天となったが、さんま自身に「やっぱりさんまを扱うのがうまい」と絶賛され寵愛を受けたのは八木亜希子だった。 八木は入社わずか2年目の1990年から始まった『明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー』(フジテレビ系)でさんまのパートナーに抜擢された。当初はさんまが電話を切ると「かわいそう」などと言っていた八木だが、さんまが女性の視聴者の電話をなかなか切らずにいると受話器を奪い取って切ったりするようにもなった。もちろん、さんまはそうした八木の言動を大いに気に入り、彼女がフリーになって以降も現在に至るまで名コンビとして番組は継続している。【プロフィール】戸部田誠(とべた・まこと)/1978年生まれ。ペンネームは「てれびのスキマ」。著書に『タモリ学』『1989年のテレビっ子』など。イラスト/長堀久子(オイコーポレーション)※週刊ポスト2021年3月12日号
2021.02.27 07:00
週刊ポスト
花田優一がマルチに活躍する日はくるか カギは河野景子の再婚相手?
花田優一がマルチに活躍する日はくるか カギは河野景子の再婚相手?
 常に家庭内の騒動が世間から注目されている“花田家”の人々。放送作家でコラムニストの山田美保子氏が、最新の花田家事情を分析する。 * * *1年前には父親との仲よしエピソードを披露していたのに「大なり小なり、どこの家庭にも“事件”は起きるものだと思います。ただ、花田家はそれが外へ筒抜けに報じられてしまう」 とは、2月18・25日号の『女性セブン』に登場した河野景子サン(56才)のコメント。『コトバノケイコ』(学研プラス)上梓を機にインタビューに応じてくださったのだそうです。さらに景子サンは「何かというと部外者が家族に介入してくる環境でもありました」とも。おっしゃるとおりですよね。 花田家の場合は、その時々で誰が“部外者”で誰が“家族”なのか。さらには誰が“味方”で誰が“敵”なのか、よくわからなくなる。これが、事を複雑にする根源と言えましょう。 また、花田家には、“事件”が同時多発するという特徴もあります。こうして『女性セブン』では景子サン、『週刊女性』では花田優一クン(25才)、そして『週刊文春』には貴乃花光司サン(48才)……と、ほぼ同時期にインタビューが掲載されるとは。本当にすごいご家族です。 当然のように、各局のワイドショーは、このネタに食いつきました。正直なところ、コロナに関しては、やり尽くしているようなところもあるうえ、当然、中身は楽しくなるハズがありません。でも扱わざるを得ない。よって制作スタッフはもちろん、MCやコメンテーターのメンタルは疲弊しきっていたのです。 そこに、なんとも香ばしくも懐かしい花田家の事件が勃発したのですから、食いつかぬハズがありません。 その中の1本、『バイキングMORE』(フジテレビ系)に出演させていただいた私。『週刊女性』の優一クン激白に、光司サンが猛反論された『週刊文春』発売のタイミングでした。 大テーマは「親子の確執」。「たとえ父であっても、これ以上見て見ぬふりはできない」と“父のモラハラ”や“暴力”などについて優一クンが告白したことに対し、「このまま“黙して語らず”というわけにはいかない」と光司サン。特に、景子サンへの行動があまりに事実とかけ離れていたため反論せざるを得ないということになったのだそうです。 それだけではありません。父子の関係が悪化したのは優一クンがイタリアから帰国してからだそうで、「職人でもないのにテレビに出て、ちやほやされるのは息子にとってもよくないと思っていました」と光司サン。優一クンに“出演してもらう側”の番組スタッフでもある私は申し訳なかったなぁと思いつつ、でも二世は数字持ってるしなぁ……と(苦笑)。坂上忍サン(53才)は、なぜ優一クンのテレビ出演が減ったのかと疑問に思われていましたが、“1周回って”、またオファーが増えるような気もしています。私が担当した番組ではありませんが、2020年の元日、『NOと言わない!カレン食堂』(テレビ朝日系)で初共演した景子サンと優一クンの2ショットには多くの視聴者のチャンネルが留まりましたから。 そういえば、この番組では、光司サンから贈られた絵画を優一クンが紹介したり、幼い頃、自宅の壁を使って父子で交換日記をしていたというエピソードなどが披露されました。 こうしたことを知っている景子サンが「いずれ(父子で)また普通に語り合えるようになると思います」とおっしゃるのは理解できますよね。ただ、こうなってしまうと、それは、いつになることやら、です。だって光司サンは、「普通に語り合えるように」“なりたい”と願い続けている母・藤田紀子サン(73才)や兄・花田虎上サン(50才)と相変わらず没交渉ですから。一度決めたら、なかなか考えを翻さない光司サンは優一クンとも、これっきりではないかと思ってしまいます。景子サンの再婚相手が優一クンプロデュースのカギを握る!? 靴職人一筋で真面目にやりなさい……というお考えの光司サンには申し訳ないのですが、私は、優一クンが広く浅く(!)マルチに活躍なさる日が近いと思っているのです。 そのカギを握るのは、景子サンと再婚のウワサがあるジャッキー・ウーさん。自身も出役であり作り手でもあって、景子サンとは美容関連事業のビジネスパートナーでもあるウーさんは、私は景子サンにピッタリのお相手だと思っています。 景子サンとて、『CanCam』のカリスマ読者モデルを経てフジテレビの人気アナウンサーに。パリ支局勤務は彼女に箔をつけましたし、フリーになって間もなく横綱夫人となり、勝負師の妻から部屋のおかみさんとなりながら、近年は講演会や化粧品開発、フランス旅のプロデュースもなさっていた。相撲史にその名を刻んだ大横綱の父を尊敬しながらも、こうしてマルチに活躍する母と気が合う優一クン。景子サンはウーさんのコネクションを使って、これまでとは異なる優一クンの売り出し方を考えていらっしゃるのではないかと。いや、そうであってほしいと思うのです。 実は昨年末、某所で景子サンとお目にかかりました。まさに再婚報道の直後。キチンとした挨拶よりも先に「わ! すごくタイムリーな人がいる」とツッコんでしまった本当に失礼な私に対し、「お久しぶりです」と笑みを浮かべた景子サンは本当に美しかった。きっとウーさんとの再婚は近いのだと思います。 優一クンもブログに「母の笑顔が増えることは息子として一番うれしいことであり、誇らしい母のこの先の幸せを心の底から願っております」と綴っています。 インスタで、「オーダーメイドのかばん、お財布、名刺入れ、ポーチ、ペンケースからパソコン入れ…身近なものならなんでも完全に、僕がデザインした一品を作ります」「海外ブランドにも負けないクオリティ」と綴り、最近作ったという名刺入れの画像をアップした優一クン。昨年は、歌手デビューを果たし、『NHK紅白歌合戦』を目標に掲げていました。 私、彼はこれでいいと思っているんです。『バイキングMORE』の坂上忍サンは、「そうしたらまた、お父さんは怒るんじゃないの?」とおっしゃっていました。確かにそうなるでしょうけれど、母・景子サンやウーさんは、それを願っているのでは?と。「権力とメディアで真実が捻じ曲げられる瞬間をしっかり感じてほしい」と目を赤くした顔の画像と共にインスタを更新した優一クン。#権力 #メディア #歪曲……って、なかなかですが(苦笑)、彼のつらさもまったく理解できないわけではありません。 そうです、私は数少ない(と思われる)優一クンの味方です。母校のカワイイ後輩でもありますしね。 そして景子サンには、もっともっと華やかな話題を提供していただきたいし、母子共演もぜひまた見たい。“部外者”の私の願いです。構成/山田美保子『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)などを手がける放送作家。コメンテーターとして『ドデスカ!』(メ~テレ)、『アップ!』(同)、『バイキングMORE』(フジテレビ系)、『サンデージャポン』(TBS系)に出演中。CM各賞の審査員も務める。※女性セブン2021年3月4日号
2021.02.19 16:00
女性セブン
河野景子さん 長男・優一の騒動に「いずれ父子で語り合えるようになる」
河野景子さん 長男・優一の騒動に「いずれ父子で語り合えるようになる」
長男・優一の騒動についても語った河野景子さん(撮影/渡辺利博) 写真6枚  貴乃花(元親方・48才)との23年間の結婚生活にピリオドを打ってからはや2年。昨年末には映画監督&実業家のジャッキー・ウー氏(年齢非公表)との再婚報道が飛び出し、世間を驚かせた河野景子さん(56才)は、「いまは本当に自由」「いまがいちばん楽しい」と断言する。56才の彼女が人生100年時代に切った「再スタート」について大いに語る。「これからは自分の人生を歩みたい」──そう語る彼女が母、妻、おかみさん、そしてアナウンサーとしての経験を生かしたいと2016年から取り組むのが「河野景子のことばのアカデミー」。自分らしいコミュニケーションの取り方を指導している。「ことばを使う仕事をしていましたし、いつの日もことばに支えられて生きてきました。興味を持って意味や語源を紐解いているうちに、日本語の奥深さに夢中になってしまって。例えば『憎しみ』。口にするのも嫌なことばですが、もともと愛があるから憎しみが生まれるんです。 経験を積んだいまだから受け止められることばがあるんです。私が感じたことばの魅力を『コトバノケイコ』(学研プラス)として本にもまとめました。自分に響くことばを通して、自分自身が見えてくる。ことばって本当に面白いなと思いますよ」 ことばに支えられてきた一方で、結婚生活ではことばに苦しめられもした。結婚して間もなくは連日の過激な報道や嫌がらせの手紙に心が折れてしまい、壁に頭をガンガン打ちつける自傷行為に走るほど精神的に追い詰められた時期もあったという。「結婚当初は勝負師の妻、そして後半はおかみさん。一般に想像する妻像とかけ離れていて、自分の役割を果たすのに必死でした。そうしてガムシャラに走り続けた結果、50才を間近に控えてすごく大きなハゲができたんです。円形脱毛症です」 一般的ではない、普通とは違う──「花田家」が特殊すぎたゆえの、体の悲鳴だった。「大なり小なり、どこの家庭にも“事件”は起きるものだと思います。ただ、花田家はそれが外へ筒抜けに報じられてしまう。何かというと部外者が家族に介入してくる環境でもありました。そこで真意が歪んで伝わり、誤解から家族関係に歪みが生まれる。家族なんだから素直に話し合えば済むはずなのに、そのタイミングがないままに横やりが入って、小さな問題がどんどん大きくなっていくんですよね」 つい先日、長男・花田優一(25才)の行動が世間をザワつかせた。先月、貴乃花が記者会見で「息子は完全に勘当している」と語ったことに週刊誌を通じて猛反発。これに景子さんは「正直な気持ちとしては、父子の問題に介入したくないんです」と距離を置きつつも、想いを語った。「これも直接、2人で話し合えば済むことだったと思います。でも、親子ですから、いずれまた普通に語り合えるようになると思います」 相撲の世界へ飛び込んだ結婚生活を景子さんは「学びの時間だった」と振り返る。日本の伝統文化に触れることで日本語の奥深さを知ることもでき、心身のバランスを崩すことで自分の心の声へ耳を傾ける大切さも学んだ。「これまではどこか自我を封印してきたので、50代からは心の声を聞きながら生きていきたい。どんな信念を持って生きるのか、自分との究極の闘いです。『私はいま輝いている?』『この場所で私らしくいられる?』と常に自分を俯瞰して、引き際を見極めることも時には必要。 人生、後悔だけはしたくない。あの決断は正しかったのかと振り返ると後悔も生まれてしまうので、正しかったと断定して人生を歩みたいんです。『ママは離婚したけど、いまは幸せそうでよかったね』と子供たちが感じられる人生を送れたら」 景子さんが改めて深い意味に気づいたことばの1つに「したたか」がある。漢字では「強か」。圧力に屈しない強さを持ち、複雑な人間関係を巧みにかわしながら、最終的には自分の欲しいものを手に入れる。そんな生き方の達人のイメージを「したたか」に重ねているという。「計算高い、ズル賢い。そんな『したたか』ではなく真に『強か』な女性は、心に従って自分の人生を『しなやか』に歩むことができる人。理想とする年齢の重ね方です」 自分の強かさを点数にするなら「まだまだだけど、50点よりは上。70点には到達していないかな」と笑う。それが56才の現在地であり、これからの人生を「しなやか」に生きていくためのスタート地点だと語った。※女性セブン2021年2月18・25日号
2021.02.06 11:00
女性セブン
河野景子 再婚相手は「コアな部分で通じ合える最高の茶飲み友達」
河野景子 再婚相手は「コアな部分で通じ合える最高の茶飲み友達」
「いくつになっても恋心は女性を輝かせてくれるもの。コロナ禍で『愛の不時着』に世の女性がハマったのも、久しぶりに“キュンキュン”を感じて、ときめいたからではないでしょうか。その恋心を隣に寄り添う人へ向けられて、相手からも想いを寄せられたらとっても幸せ。そんな恋愛の感覚や喜びは何才だって、鈍らないと思います。 でも、お互い同じ感情、情緒や価値観も共有できる相手となるとなかなか見つかりません。私には偶然、その出会いがあったんです。いまは、『こんなにも自然体の自分でいられるんだ』と感じています。母として、おかみさんとして奮闘してきた結婚生活では自分の感情を押し殺し、作り笑いをすることも多々ありました。でももう人生も折り返し。素直に笑ってもいいのかなって、肩肘張らずに生きられるようになったんです」 そう近況を語る河野景子さん(56才)の表情は、晴れやかでお肌もピチピチ。生気に満ち溢れている。著書『コトバノケイコ』(学研プラス)も話題だ。2018年、貴乃花(元親方・48才)との23年間の結婚生活にピリオドを打って、はや2年。昨年末には映画監督&実業家のジャッキー・ウー氏(年齢非公表)との再婚報道が飛び出し、世間を驚かせた。 記事では景子さんの「一緒のお墓に入ろう」という逆プロポーズがジャッキー氏の心に染みた、とも報じられた。「私の記憶では、会話の中で自然とお墓の話になったと思うんですけど(苦笑)。結婚してこの後の人生を一緒に歩んで行きましょうという話の中で、ちょうどお墓の話になったんです。私も56才になりましたし、そろそろお墓を気にする年齢なんですよね。 その頃ちょうど同じ年のお友達が樹木葬に決めたと話していて興味を持ったんです。子供たちが代々お墓を守る必要もなく、ちょうどいいなぁって。お互い結婚を視野に入れているけれど『この先のお墓は……?』と自然な形で話題になったんですよ。あら私、こんなに赤裸々に話しちゃっていいのかしら!?」(景子さん・以下同) ふと我に返り、饒舌な自分に驚いた様子で笑い出す。逆プロポーズと聞くと、“肉食”でグイグイ攻める情熱的な印象も受けるが……。「違うのになぁ、とは思いますよ。私って誤解されやすいんですよ。でも誤解されたまま数十年を過ごしてきたので、もういいや、わかってくれる人にわかってもらえればと(笑い)。 これまでは外食ひとつでも人目を気にして、言いたいことを飲み込んで、自分の行動を慎みながら進む人生でした。でも再婚を決めるときはもうそこまで注目されていないという意識もあって、世間の声を気にして躊躇することはありませんでした。 離婚していまは『花田景子』ではなく、『河野景子』の人生を歩んでいる。自然に、自分らしく生きていきたいんです。彼(ジャッキー氏)とは感受性のコアな部分で通じ合える最高の“茶飲み友達”(笑い)。迷いはなかったです。 再婚を決めたのは年齢も大きかったと思います。人生を仕切り直すには体力が必要なので、60才になる前にしたかった。彼は少し年上なのでいまがタイミングかなと。入籍はタイミングをみて、よいときにと話しています」※女性セブン2021年2月18・25日号 
2021.02.05 19:00
女性セブン
【動画】再婚が話題の河野景子、高ギャラ講演多数で仕事順調!
【動画】再婚が話題の河野景子、高ギャラ講演多数で仕事順調!
 元貴乃花親方との離婚から2年。再婚報道で話題の河野景子さん。プライベートだけでなく、仕事も順調そのもののようです。 景子さんの知人によると「彼女の収入の柱は講演活動でしたが、離婚後はオファーが急増。講演料の相場は1本60万円や100万円とも言われていますが、2019年には年間70~80本のオファーがあったとか」とのことです。 再婚相手は映像の世界では有名なクリエイターで、景子さんと同世代と報じられています。【↑ 上の写真クリックで動画へ】
2020.12.21 16:00
NEWSポストセブン
河野景子
再婚報道の河野景子さん 講演が急増、1本数十万円を年80本
 56才の女盛りだから──。12月16日、『文春オンライン』で、河野景子さん(56才)の再婚が報じられた。景子さんが、元貴乃花親方(48才)と離婚したのが2018年10月。その後、2019年7月、妻子あるレストランオーナーとの仲睦まじい様子が報じられた。しかし、再婚相手はその男性ではないという。「相手のジャッキー・ウー氏は映像の世界では著名なクリエイターで、景子さんの同世代。彼から猛アプローチを受け、交際に至ったのだとか。いまでは景子さんの自宅で同棲状態のようです。女将さん時代に懇意にしていた相撲関係者にも“再婚しようと思っています”と報告しているそうです」(芸能関係者) 離婚後の景子さんにはモテ期が到来していた。「再婚情報が出回ると、“どの男性だ?”“候補がいすぎてわからない”とマスコミ各社が慌てていました。ほかにはエステ経営者や元Jリーガーなど、恋人候補が7人はいたとか(笑い)。離婚後は精力的に男性とデートして、どんどんきれいになっていましたから」(前出・芸能関係者) そんな景子さんの変化を横で見ていたのが3人きょうだいの末っ子の次女。景子さんと暮らしていた次女は、最近、気を使ったのか別の理由か家を出たという。交際期間は短く、再婚を焦ったのではないかという声も上がるが……。「実は景子さん、クリスマスイブに本を出すんです。『コトバノケイコ』というエッセイで、彼女の名言が満載。景子さんはこの本の出版にかなり力を注いできました。再婚報道で再び彼女の名前が世に出れば、この上ない本のPRになりますよね」(出版関係者) 元夫の貴乃花親方とは、明暗がくっきり分かれた形だ。「親方は角界を離れた後、“後進の育成を”と道場を立ち上げたものの、鳴かず飛ばず。その後も絵本作家宣言をしたり、大学の特任教授就任の話が出たり……でも、どれも中途半端に終わっている印象ですね」(相撲関係者) そんな元夫を尻目に、景子さんは順調そのもの。「彼女の収入の柱は講演活動でしたが、離婚後はオファーが急増。講演料の相場は1本60万円や100万円ともいわれていますが、2019年は年間70〜80本のオファーがあったようです」(景子さんの知人) 稼ぎっぷりは、景子さんの方が“親方”かも?※女性セブン2021年1月7・14日号 
2020.12.17 16:00
女性セブン
永井美奈子アナと馬場典子アナの先輩後輩対談が実現
永井美奈子&馬場典子対談 日テレはなぜアナを育てられるか
 1988年に起きた「女子アナブーム」の火付け役の一人でもある日本テレビの永井美奈子(55・1988年入社)と、飾らない人柄と確かなアナウンス力で人気を博した馬場典子(46・1997年入社)。共に、日テレ発の“アイドルグループ”メンバーとして活動した共通点を持つ2人(永井=“DORA”、馬場=“BORA”)が、当時を振り返った。馬場:永井さんの代は当たり年、まさに伝説の代ですよね。関谷亜矢子さんに福澤朗さん、そして横(他局)を見れば八木亜希子さんや河野景子さんがいらして。永井:フジテレビは「花の三人娘」の年。その当時、フジテレビは華やかだったけど日テレは封建的でね。人事部長からは「お前を取るのは冒険だった」って言われたのよ(笑い)。馬場:でもその9年後に入社した私たちの間では「永井さんの代から採用要項の欄に“容姿”が入るようになったよね」と言われていたくらい、日テレアナにとって節目となった方ですよ。永井:そうなの(笑い)?馬場:私なんて永井さんのように明るくて華やかなタイプじゃなかったのに、女子アナブームの名残があった若い頃は仕事でキャピキャピした感じを求められて戸惑ったこともありました。永井:私としては真面目にやってきたつもりだったんですけどね。関谷は研修時代から読みも上手く1年目から番組に出ていましたが、私は番宣の専属のようになっていました。3年目でやっと『NNNニュースプラス1』に抜擢していただいたけれど技量が足りずに降ろされてしまって。その後は1年間ほど『THE・サンデー』の絶景コーナーのみ。実は入社から4年間は下積み期間だったようなものです。馬場:日テレは上下関係もしっかりしていましたし、サポートでスポーツ実況の男性アナの資料集めなどをする「サブアナウンサー」など下積み仕事も多いですよね。その分、足腰を鍛えられた気がします。永井:本当にそう思う。先輩は仕事には厳しかったけれど、本当に救いとなるお言葉をいただくことも多かった。私が新人の頃、なかなかレギュラー番組につけなかった時に小池裕美子さんが「助走が長い飛行機は長く飛べるから」と言ってくださった時は涙が出ました。【プロフィール】◆ばば・のりこ/1974年生まれ、東京都出身。1997年に日本テレビに入社。『ZIP!』『ザ!世界が仰天ニュース』など情報からバラエティまで数多くの番組を担当。現在はフリーアナウンサーとして活躍、『あさイチ』(NHK)、『ゴゴスマ』(CBC)、『歌謡プレミアム』(BS日テレ)にレギュラー出演中。また、大阪芸術大学放送学科教授を務める。◆ながい・みなこ/1965年生まれ、東京都出身。1988年に日本テレビ入社。木村優子アナの推薦で『マジカル頭脳パワー』の2代目司会に。1995~1997年には徳光和夫とともに『24時間テレビ』総合司会を務める。現在はフリーアナウンサーとして活動するほか絵本の読み聞かせなどを行なっている。取材・文■河合桃子※週刊ポスト2020年7月10・17日号
2020.07.07 07:00
週刊ポスト
露木茂氏(写真右)は1963年入社(共同通信社)
女子アナをスターに押し上げたフジテレビ“ある組織”の活動
 かつて「女子アナ帝国」と呼ばれ、1980年代から視聴率三冠王を独走したフジテレビ。激動の1980年代、現場にいた関係者はどのように女子アナを採用し、番組に起用していたのか。1963年にフジに入社し、アナウンサーとして同社を支えた露木茂氏が当時を振り返る。今でこそフジテレビも含めた民放各局は正社員としてアナウンサーを採用しているが、当時は契約社員であることが多かった。「僕の同期の女性アナはみんな4年契約で、その壁を突き破ることが最初の変革でした。 私は部長になった1985年からアナウンサー試験の採用担当を10年ほど務めました。好調な時代でしたが、その間の採用基準は『自分を素直に表現できて、なおかつ親しみが持てるキャラクター』でした。その結果、報道からワイドショー、バラエティへと女子アナの仕事の幅が広がりました。昔のアナウンサーは感情を表に出さず、事実を淡々と伝えるスタイルのため、堅苦しくよそよそしい存在になっていた。我々はそのイメージを壊して、自分自身を画面の中で正直に表現できる人を求めていたんです」 1980年代中頃からは、社内の様々な部署から「女子アナをメインで使いたい」という要望が増加した。「知名度が上昇し、多くの番組が女子アナを求めてきた。そこで名を上げたのが『ひょうきんアナ』として人気が出た長野智子君ですね。 そしてやはり“三人娘”(河野景子・八木亜希子・有賀さつき)。彼女たちは明るく聡明で、柔軟性があったため色々な番組に対応できた。この頃は採用する側が基準を変えたというより、時代と番組の変化によって受験生の質やタイプが変わってきた」『ひょうきん族』にディレクターとして参加していた三宅恵介氏も「不可欠な存在だった」と述懐する。「『ひょうきん族』で初めて現場から指名したのが、長野アナでした。お天気をチャーミングに報じる姿を見て、『芸人の良い受け皿になる』と感じたんです。 作り手からすると、良い意味でタレントを淡々といなすことができる女子アナが重宝された。明石家さんまさんと組んだ八木アナなんかが好例です。女子アナ自身は無理にキャラを作らず、自然な素の感じを活かせばいい。いまのディレクターはそれが分かっていない気がしますね」 彼女たちをスターに押し上げた抜擢の裏には、ある“組織”の存在があった。「各部門のプロデューサーが集まって、“アナウンス委員会”を立ち上げたんです。野球に詳しくない中井美穂を『プロ野球ニュース』で使おうと意見が出たのもここで、“化学反応”を生み出す土壌があった」(露木氏) そんな露木氏の目から、いまのフジテレビの女子アナをどう見えるのか。「とにかく大人しい。地上波以外にも自分を伸ばすチャンスは増えたのだから、もっと伸び伸びと番組作りをしてほしいですね」 まだ“蕾”の現役アナたちは今後、個性を咲かせて“大輪の花”となれるか。※週刊ポスト2020年5月8・15日号
2020.05.04 16:00
週刊ポスト
フジテレビ女子アナ、かつての「最強軍団」はいかに生まれたか
フジテレビ女子アナ、かつての「最強軍団」はいかに生まれたか
「女子アナ」──才色兼備なお茶の間のアイドルとして定着して早数十年。テレビというメディアの発展を支えた一翼でもある彼女たちを語る上で、外せない存在がフジテレビである。1980年代から視聴率三冠王を独走した同局の黄金時代を支えたのは、紛れもなく「女子アナ帝国」と呼ばれたタレント性抜群の女子アナたちであった。 個性豊かな“最強軍団”はいかにして誕生したのか。女子アナウォッチャーの丸山大次郎氏が考察する。「実はフジテレビは女子アナの人気で他局に遅れを取っていました。その遅れを取り戻す転機が1981年です。秋の大改編で『楽しくなければテレビじゃない』のキャッチコピーの下、硬派路線から一変。『ひょうきん族』に山村美智子アナ、『なるほど・ザ・ワールド』に益田由美アナを起用して人気を得ました。 極めつきがNHKの頼近美津子アナの電撃移籍です。当時はフジの女子アナは契約社員でしたが、頼近アナは初の正社員となった。それに伴って社内の他の女子社員も全員正社員となり、自立した世の女性たちの憧れの存在になったのです」 個性豊かな面々が集まりだしたのは1980年代後半。きっかけは中井美穂アナだ。「山村・益田アナの人気に加え、中井アナが『プロ野球ニュース』に起用されたことで一気にタレント化に火が付きました。同年、有名な河野景子・八木亜希子・有賀さつきの『三人娘』が入社、タレント化が進み、しばらく不動の時代を迎えます」 2001年3月、危機的な状況を迎える。番組改編に伴って多くの女子アナが一斉に退社してしまったのだ。「その苦境を救ったのが翌月に入社した高島彩アナです。彼女がエースへ成長、内田恭子アナや中野美奈子アナが続き、2回目の女子アナブームを迎えます」 しかし、その盛り上がりは2016年の加藤綾子アナの退社を最後に下降の一途を辿る、栄華を誇った帝国は、現在まで長い冬の時代を迎えている。■写真/ロケットパンチ※週刊ポスト2020年5月8・15日号
2020.05.03 16:00
週刊ポスト
フジも日テレも… 女子アナ史を彩った「三人娘」の系譜
フジも日テレも… 女子アナ史を彩った「三人娘」の系譜
 ここ数年は低迷しているが、かつては多くの高視聴率番組を抱え、“民放の雄”として君臨したフジテレビ。人気女子アナも数々と輩出したが、フジテレビの“女子アナ帝国”を確固たるものにしたのが、1988年入社の有賀さつき、河野景子、八木亜希子の「花の三人娘」だろう。 彼女たちは入社早々テレビ誌の巻頭グラビアに登場するなど、新人アイドルさながらの“グループ活動”で知名度を高めた。その人気ぶりは凄まじく、各局の採用戦略にも大きな影響を及ぼした。女子アナに詳しいフリー編集者・練馬太郎氏が語る。「アイドルでも3人組はタイプの違う女性がバランス良く揃うため、様々なファンを取り込みやすい。フジの三人娘は、天然アイドル系の有賀、清楚な美形の河野、癒し系の八木とそれぞれの魅力があった。当然、負けていられない他局はその“パターン”に乗っかったわけです。 一番分かりやすかったのが1992年に日テレ開局40周年企画として、永井美奈子、薮本雅子、米森麻美の3人で結成された歌手ユニット『DORA』ですね。系列局である大阪・讀賣テレビ放送でも植村なおみ、脇浜紀子、徳山順子で『NORA』というユニットが結成されました」 とはいえ毎年必ずバランスの良い3人が揃うわけではない。本家であるフジが次に「新・三人娘」として打ち出したのは1994年のことだった。「アイドルの木佐彩子、天然キャラの富永美樹、クールビューティ系の武田祐子の3人ですね。彼女たちはCDを出したわけではありませんが、局の広報番組などに積極的に出て、三人三様のキャラ設定で活躍した」 テレ朝も2008年に竹内由恵、本間智恵、八木麻紗子を新人三人娘として売り出したが、その後も積極的に「三人娘戦略」を続けたのが日テレだ。2004年には森麻季、鈴江奈々、脊山麻理子の3人で「エンパラ☆ガールズ」を結成。2008年の開局55周の際にも鈴江と葉山エレーヌ、夏目三久の3人のユニットで「go!go!ガールズ」が結成された。しかし、ここ10年ほどは目立った“グループ活動”は実施されていない。「やはり、日テレの “脱タレント採用”の影響が大きいと思います。最近はおっとりとした女子アナが増えましたし、かつてのように華々しいユニットは出てこないでしょう」 各局とも女子アナの採用数を絞っていることも「三人娘」不在の時代の要因と言えるだろう。(文中敬称略)※週刊ポスト2020年1月17・24日号
2020.01.14 07:00
週刊ポスト
三宅雪子氏 交流あったジャーナリストが明かす「暗中模索」
三宅雪子氏 交流あったジャーナリストが明かす「暗中模索」
 三宅雪子・元衆議院議員の突然の訃報に、衝撃が広がっている。自殺とみられ、自宅から遺書のようなものが見つかったと報じられているが、いったい何が彼女を追いこんでしまったのか。死の直前まで交流のあったジャーナリストの福場ひとみ氏が、彼女の知られざる落選後の人生を明かす。 * * * 今回の訃報を聞いて愕然としてしまった。生前にもっと彼女の再起をサポートできればという悔いが募る。週刊誌の取材記者をしていた私が三宅雪子さんを取材したのは、2017年のこと。そのとき彼女はすでに落選していたが、議員らの政治活動に頻繁に顔を出すなど政治活動をつづけていたので当時の選挙事情にもとても詳しかった。以降、時々食事したり電話で情報提供を受けたりする関係だった。 彼女に会いに行くと、自宅マンションにどうぞと案内された。自宅は港区一等地の閑静な住宅街にあり、広々としていた。労働大臣・運輸大臣・内閣官房長官を歴任した故・石田博英氏の孫で、父は外交官、生まれはワシントンD.C.。全盛期のフジテレビに河野景子、有賀さつきらスター女子アナの同期として入社し、小沢一郎氏の後押しを受け政治家になり、政権交代でいきなり与党議員に。落選したとはいえ、恵まれた境遇を歩んできたように見えた。 通常、取材とはいえ、初対面の人物を自宅に招き入れてくれる人はめったにいない。ところが彼女はあっさりとリビングまで案内してくれた。しかも部屋着のまま、ボサボサの髪でノーメイク。睡眠不足なのだろうか、目は半開きで表情も虚ろだった。初対面にもかかわらず、無防備さをさらけ出していた。 最初の取材の後、今度は彼女と自宅前にある高級ホテルのラウンジでお茶をすることになった。すると前回とは見違えるように、髪を整え、化粧をして、現役議員のころ“芸能人並みの容姿”と持て囃されていた時のようにキラキラとした姿になっていた。あとで彼女のツイッターを見てみると、久しぶりに美容院に行ってきたのだという。 そのとき「実は、ルポライターとしてメディアで発信していくことを考えているんです」と相談を受け、彼女は考えてきたというアイディアを山のように話してくれた。現役の議員ではないにもかかわらず、彼女の得意とする厚生労働分野などの細かな動きに精通していた。聞くと、元国会議員の場合は煩雑な手続きなしで委員会を傍聴できるそうで、頻繁に通っているのだという。 そして、彼女から自著や過去に書いた記事のコピーやサンプル記事、そして企画書をもらった。私から各種メディアに売り込んでほしいということだった。「私の出した企画はいつも通るんです。いままで落ちたことがない、必ず通るんです」と自信たっぷりに見せてくれた。その後も企画を出してくれるたびに、そう言っていた。 サンプルとして渡してくれたものひとつに「小沢一郎と私」というエッセイがあった。彼女の父と小沢氏との関係から始まり、自身が議員となるきっかけなどが綴られていた。ただ、こうした企画は「小沢ガールズ」として持て囃された時代には企画が通る場合もあったかもしれないが、旬を逸した話題を記事にすることは難しく、結局、世に出すことはできなかった。 その後も、彼女とは時々連絡を取る関係が続いた。私が政治に関する漫画の監修をするといえば、自身の政治家としての経験を語ってくれるなど、最大限の協力をしてくれた。 彼女によると、雪子という名前は、吉田茂の妻として政界から人気のあった雪子夫人にちなんだ名前であり、吉田家と交友関係のあった父からつけられたのだという。幼い頃から政治の世界と遠くない距離にいて、いろんな刺激を吸収してきたのだろう。彼女は多くを吸収する人で、多くの現役議員よりも勉強熱心だったように思う。 彼女から発せられる言葉は力強かった。弱い立場の人に救いの手を差し伸べたいという政治に対する熱意を失っていなかった。フジテレビ同期である有賀さつきさんが亡くなった際も、残されたお子さんのことをとても心配していた。 しかし、一方で、彼女が抱えている弱さも垣間見えた。彼女はインターネットで元支持者から誹謗中傷を受けていることを気に病んでいた。「そんなことを気に留めていると精神的にもたないですよ」と言って聞き流していたが、当事者になると簡単には無視できないものなのだろう。彼女はネットストーカー問題の企画も多数提案してくれたが、それもなかなか企画には繋げられなかった。メディア関係者を直接紹介することもしたけれど、元国会議員としての発信は色がつくと敬遠され断られることもあった。 それでも昨年、彼女は自力で日刊紙の連載の機会を得たようで、嬉しそうな連絡が来た。そして地方議会の議員としてローカルに活動する可能性にもチャレンジしたいなどとも抱負を語っていた。 昨年11月に彼女から私に来た電話が最後だった。「今度、要人と会うから、三宅雪子のインタビューということで、どこかのメディアでできないでしょうか?」という提案。私は可能性のありそうなメディアに打診してみたがいい返事は得られなかった。年明けくらいに編集者を紹介しますねと話したきりだった。彼女は「腰痛で痛い、薬を飲んでも耐えられないくらい激痛で辛い」と珍しく愚痴った。たまたま私もヘルニアを発症し歩けない状態だったので「たまたまですね、私もですよ」というと、そんなレベルじゃないんだと言っていた。 落選してからの彼女は、長く暗中模索の様子だった。政治家として、世の中のために働きたいというエンジンがかかったまま、動かす場所を見失っていたようにみえた。それでも彼女はもがいていた。頑張ろうとしてもがいてもがいて、そしてどこかで糸が切れてしまったのだろうか。今はただ、冥福を祈るほかない。
2020.01.07 07:00
NEWSポストセブン
きんさんぎんさんはCMにも出演(AFLOの)
1990年代新語流行語 メークドラマ、失楽園、ブッチホンなど
 1年の間に発生した出来事にまつわる話題の言葉を選ぶ「ユーキャン新語・流行語大賞」。これまでの主な「年間大賞」を振り返りながら、「時代と寝た言葉」と当事者たちのその後を追いかける──。■1992年【うれしいような、かなしいような】 テレビCMでお茶の間の人気者となった双子の成田きんさん・蟹江ぎんさん姉妹。100歳の誕生日を迎えた感想の言葉が流行語に。きんさんは2000年、ぎんさんは2001年に亡くなったが、ぎんさんの娘の4姉妹も長寿でメディアで活躍した。■1994年【すったもんだがありました】 電撃的なニュースとなった女優・宮沢りえと貴花田(現貴乃花光司)の婚約・破局騒動の翌年、リンゴをすりおろしたチューハイのCMで宮沢が言った自嘲的なセリフが話題に。宮沢は2018年にアイドルの森田剛と再婚。貴乃花は20年以上連れ添った河野景子と2018年に離婚した。■1996年【メークドラマ】 ミスタージャイアンツ・長嶋茂雄監督(当時)による造語。首位と最大11.5ゲーム差が開き優勝が絶望的と思われたジャイアンツが快進撃を続け、逆転優勝を果たした。長嶋は2001年に巨人軍の終身名誉監督に就任した。■1997年【失楽園(する)】 不倫をテーマにした渡辺淳一氏のベストセラー小説が映画化され、役所広司と黒木瞳の大胆な濡れ場も相まって大ヒット。多くの中年男女を虜にした。同年には古谷一行と川島なお美によるドラマ版も放送され、「失楽園する」が不倫の代名詞となった。■1998年【だっちゅーの】 バラエティ番組『ボキャブラ天国』でブレイクした浅田好未、西本はるかによるお笑いコンビ「パイレーツ」。ネタよりも、胸の谷間を強調させたこのポーズを心待ちにするファンも多かった。現在、浅田は実業家、西本は女優として活動している。■1999年【ブッチホン】 当時、総理大臣だった小渕恵三氏が突然かける電話のこと。電話の相手は政財界のみならず、歌手や作家、タレントなど、幅広い人々におよんだ。このことが国民に好感を呼び、発足当初に戦後最低と揶揄された内閣支持率は51%に跳ね上がった。※週刊ポスト2019年12月13日号
2019.12.03 07:00
週刊ポスト
【動画】河野景子さん、新居へ 「熟年再婚」の可能性は?
【動画】河野景子さん、新居へ 「熟年再婚」の可能性は?
「私はこれからと~っても素敵な仕事をするの。あなたも、素敵な仕事をしてね」。 仕事の打ち合わせに向かう河野景子さんは、直撃した記者の問いかけにこうコメントし、足取り軽くその場を立ち去りました。 7月には新居に引っ越したという河野さん。花田家の知人によると「あの年齢でも変わらない美貌とスタイルですから、離婚直後から“新パートナー”の存在が噂されていました。貴乃花親方の家を出たことで、再婚という話も現実味を帯びてくるかもしれません」とのことです。
2019.10.28 07:00
NEWSポストセブン

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