メリー喜多川一覧

【メリー喜多川】に関するニュースを集めたページです。

キャッチーでキラキラな「ジャニーズ歌謡」はこうして誕生した
キャッチーでキラキラな「ジャニーズ歌謡」はこうして誕生した
 ジャニーズ事務所のメリー喜多川会長の手紙をきっかけに、12月20日放送の『爆報!THEフライデー』(TBS系)で田原俊彦が25年ぶりに作家の宮下智氏に再会した。ジャニーズ事務所初の『日本レコード大賞』最優秀新人賞受賞曲である『ハッとして!Good』の作詞、作曲者であり、現在は東京・奥沢の『世田谷トリュフ』でショコラティエも務める宮下氏の、ジャニーズ楽曲における功績はなにか。芸能研究家で、『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)の著者である岡野誠氏が1980年の時代背景とともに迫る。 * * * シャネルズの『ランナウェイ』、もんた&ブラザーズの『ダンシング・オールナイト』、山口百恵の『ロックンロール・ウィドウ』などがヒットチャートを賑わせていた1980年6月21日、宮下智氏は声優の古谷徹や野島昭生、三ツ矢雄二などが組んだバンド『スラップスティック』のアルバム『トロピカル』に3曲を提供し、作家デビューを果たした。 奇しくもこの日、『3年B組金八先生』(TBS系)の生徒役で人気を集めた田原俊彦が『哀愁でいと』でデビュー。当時、売れっ子歌手のいなかったジャニーズ事務所の命運を委ねられた。 1980年の夏、歌謡界は時代の変わり目を迎えていた。三浦友和との婚約を発表し、結婚後に芸能界から身を引くことを表明していた山口百恵が8月21日、ラストシングル『さよならの向う側』を発売。10月15日の引退に向けて、カウントダウンが始まった。 9月1日には、1970年代後半に大ブームを巻き起こしたピンク・レディーが解散発表の記者会見を行なった。ミーが「この9月1日を新しい出発の日とします。この4年間私たちは精一杯頑張ってきたので、何も悔いは残りません」と話せば、ケイも「大変充実した毎日でした。ひとつの大きな責任を果たし終え、正直いってホッとしています」と2人とも安堵の表情を浮かべていた。 そんな激動の中、田原俊彦の2枚目のシングルは作成されていた。ほぼ決定していた曲があったが、プロデューサーのジャニー喜多川氏が納得しない。そこで、キャニオンレコードのディレクター・羽島亨氏(2019年現在フリー)は『スラップスティック』のアルバムで起用していた宮下氏をこの勝負所で指名。船山基紀氏の編曲も相まって斬新な詞と曲、タイトルがジャニー氏のお眼鏡に適い、9月21日に『ハッとして!Good』としてリリースされた。 百恵のラスト曲がオリコン最高位4位ながらも初登場は14位だったように、当時はランキングが徐々に上昇していく時代だった。しかし、『ハッとして!Good』はいきなり1位を獲得。今では当たり前になっている“ジャニーズ事務所のオリコン初登場1位”は同曲が初めてだった。 宮下氏はアイドル・田原俊彦の持つ“王子様感”を歌で表現。甘くて、キラキラ感を醸し出す歌詞を散りばめた。作詞の秘訣をこう語っている。〈田原クンのを書くときは、少女マンガを読んだりしますね。ローティーンの女の子が男の子に抱くあこがれみたいなものがわかるから〉(1985年1月11日号『an・an』) 彼女の経歴は鮮やかだ。4歳からピアノを始め、8歳で『ジュニア・オーディション』ピアノ部門に入賞。学習院高等科1年の秋にワシントンに音楽留学すると、17歳で『ワシントン・ミュージック・ティーチャーズ・コンテスト』に優勝。18歳で『ショパン・ヤング・コンテスト』で全米2位に。1979年5月にサンフランシスコ音楽院ピアノ科を首席で卒業している。宮下氏には、日本ではなくアメリカの教育方針が合っていた。〈子供のころからピアノをキチッと譜面どおり弾かない、自分流に弾きすぎる、といって先生に叱られたけど、アメリカでは、そこを逆に誉められたの〉(1981年12月10日号『週刊文春』) 宮下氏は『ハッとして!Good』以降も、曲中に田原が笑い出すという空前絶後の『ブギ浮ぎI LOVE YOU』、NHKのど自慢で合格したような効果音を入れた『キミに決定!』、1920年代にアメリカで一大ブームになったダンス“チャールストン”のリズムを取り入れた『チャールストンにはまだ早い』など“田原俊彦にしか表現できない歌”を次々と提供。ディレクターの羽島氏、編曲家の船山氏とともに、田原独特の世界観を創出した。〈偶然、トシちゃんのキャラクターに私の感性があったんだと思います。だから、すごく感覚的に書いた詞があたってしまった。売れる、売れないというのは、ワリとそのときの思いつきやノリなんですよ〉(前掲『an・an』) 宮下氏本人はこう謙遜していたが、キャッチーでキラキラ感溢れる“ジャニーズ歌謡”の元祖は、3人の作った田原曲だった。宮下氏は1994年に渡米して日本歌謡界から離れていたが、2018年にはKing & Princeに『愛のすべて』を提供。その世界観は今も変わっていない。 12月29日、宮下氏は『世田谷トリュフ』のインスタグラムで〈再来年トシちゃんの還暦祝いのツアーから、また楽曲を提供させて頂こうと思っています〉と投稿。実現すれば、1987年のシングル『さようならからはじめよう』以来、34年ぶりになる。 制作の際には作詞、作曲とも宮下氏に手掛けてもらい、“田原独特の世界観”を“三位一体”で築き上げた羽島亨氏にディレクターを、船山基紀氏に編曲を是非とも務めてほしい。田原俊彦の良さを知り尽くし、どう生かすべきかを心得ている3人のコラボレーションは欠かせないだろう。■文/岡野誠:ライター・芸能研究家。著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)が話題に。『哀愁でいと』『抱きしめてTONIGHT』などの誕生過程も詳細に記されている。2020年2月8日13時半から、大阪・ロフトプラスワン WESTで元CHA-CHAの木野正人とトークイベント『“職業:男性アイドル”の考察とジャニー喜多川氏の果たした役割』を開催。
2019.12.30 16:00
NEWSポストセブン
緊急搬送されたジャニー喜多川氏が済ませていた「生前贈与」
緊急搬送されたジャニー喜多川氏が済ませていた「生前贈与」
 ジャニー喜多川氏(87)の緊急搬送が報じられたことで同氏が社長を務めるジャニーズ事務所の巨額資産とその行方に関心が集まっている。後継問題も取り沙汰された。 もっとも、ジャニー氏も実姉のメリー喜多川氏(92)も高齢で、かねてから後継者問題については話し合われてきたという。「後継者はメリーさんの娘で同じく副社長を務める、藤島ジュリー景子さん(52)だというのが既定路線ですが、他にも事業を託すと決めている相手がいます」(ジャニー氏を知る芸能関係者) 昨年末に芸能活動を引退した滝沢秀明氏(37)だ。 今年1月中旬、滝沢氏はジャニーズ事務所の子会社「ジャニーズアイランド」の代表取締役社長に就任した。ジャニー氏が共同で代表取締役会長を務める同社は、主に新人の発掘や育成を担当する。ジャニー氏と親交が深い作家・小菅宏氏が指摘する。「ジャニーさんが最も大切にしていた事業は、ミュージカルの完成、そして『次世代のスター育成』です。そのために新会社を設立して、長年自分を師と慕う滝沢さんを後継者に指名した。“次のスター”を絶えず見つけ、育てていく。ジャニーズ事務所が存続していく生命線はそこにある。 企業価値を落とすことなく後継者に移行するためには、新人発掘にかける自分の想いを、生きているうちに形にする必要があった。それを具現化したのが新会社と“滝沢社長”だったのでしょう」 すでに滝沢氏は約300人のジャニーズジュニアを統括するリーダーとして、日々活動している。かたやジャニー氏の個人資産については、これまで表に出ることのなかった“家長”としての側面が垣間見える。 都心の一等地に建つマンションの一室。そこは、ジャニー氏がかつて自宅としていた場所である。今年4月、思い出深いこのマンションの所有者が、ジャニー氏から別の人物に変わった。贈与した相手は姪であるジュリー氏の娘だった。150平米近いこの部屋はいまも1億円近い資産価値を持つ。 喜多川家(藤島家)をトップに頂く業界随一の芸能事務所--経営分析的にジャニーズ事務所を表わすなら、「個人商店のガリバー企業」だ。そうした企業は時として、事業継承時に大きな懸案を抱えがちである。 企業として得た利益と、経営者の個人資産の境目が付きにくいうえ、それぞれが巨額となる。「会社の資産」か「経営者一族の財産」かを巡ってトラブルが起き、お家騒動を招いたファミリー企業は少なくない。 高齢となったジャニー氏が、企業(ジャニーズ事務所)をジュリー氏や滝沢氏ら次世代の経営幹部に委ねるのと並行して、個人資産はそれとは区別して贈与する――それは敏腕経営者としての「先見」だったのかもしれない。 創業オーナー社長の最大にして最後の課題は事業継承といわれる。一代にして「帝国」と呼ばれる芸能事務所を作り上げたジャニー社長は、その大仕事においても手腕を発揮していた。※週刊ポスト2019年7月12日号
2019.07.03 07:00
週刊ポスト
ジャニーズ事務所、その圧倒的経営力支えるビジネスモデル
ジャニーズ事務所、その圧倒的経営力支えるビジネスモデル
 ジャニーズ事務所社長、ジャニー喜多川氏(87)の緊急搬送が報じられたのは、6月19日のことだった。「その前日の午後、ジャニー社長は自宅マンションで倒れ、都内の総合病院へ搬送されました。脳梗塞だったようです。病室には東山紀之(52)、中居正広(46)、木村拓哉(46)、嵐のメンバーら所属タレントが続々と駆けつけている。搬送からすでに1週間以上経っても容態について正式な発表がないままでした」(スポーツ紙記者) 1962年6月に事務所が設立されてから57年。“トップ不在”がこれほど長期化するのは初めてのことで、「所属タレントばかりではなく、日本の芸能界全体がジャニー社長の容態について、固唾を呑んで見守っている」(同前)という。 法人の規模としては資本金1000万円、社員数130人程度の「中小企業」のジャニーズ事務所。社長の入院がなぜ業界全体を巻き込んだ関心事になるのか。その背景にはジャニーズ事務所の“圧倒的な経営力”がある。◆ファンの会費で年間200億円 ジャニー氏は1931年、日系二世として米ロサンゼルスで生まれた。戦後、ロスでショービジネスに出会ったジャニー氏は、1962年にジャニーズ事務所を創業し、実姉のメリー喜多川副社長(92)と二人三脚で歩みを始める。 初めて結成したグループは、その名の通り「ジャニーズ」。元々ジャニー氏がコーチを務めていた少年野球のチーム名で、その中から才能ある4人を抜擢した。 スター性のある少年を見いだす能力に長け、彼らを育て上げ、華々しく世に送り出すという芸能ビジネスモデルは、画期的なものだった。 黎明期にはフォーリーブスや郷ひろみ(63)、アイドル全盛の1980年代には近藤真彦(54)、少年隊、光GENJIといった所属タレントが芸能界を席巻した。そして1990年代、ジャニーズ事務所の地位を不動にしたのがSMAPだ。中居正広、木村拓哉ら、各メンバーは国民的スターとなり、さらにTOKIO、KinKi Kids、嵐らが綺羅星のごとく続く。 現在、所属タレントの出演するレギュラー番組は、キー局だけで50を超える。そんな“帝国”の生み出す利益は莫大だ。 ジャニーズ事務所は非上場企業のため、詳しい資産状況は公開されない。だが、2006年まで公示されていた法人申告所得ランキングによれば、ジャニーズ事務所の年間所得はピーク時(2002年)で82億円と、数多の芸能事務所の中でダントツだった。 そのビジネスモデルを支えるのは、テレビ等の出演料もさることながら、熱烈なファンたちだ。現在、ジャニーズ事務所には14のグループと90人を超えるタレント、約300名のジャニーズジュニア(CDデビューしていない若手)が所属する。レコード会社関係者が語る。「コンサートチケットは原則、『ジャニーズファミリークラブ』というファンクラブに入らないと購入できません。しかも嵐は嵐、TOKIOはTOKIOと、グループごとに加入する必要がある。ファミリークラブの入会金は1000円で年会費は4000円。ジャニーズ屈指の人気を誇る嵐のファミリークラブ会員は200万人超ともいわれ、単純計算でも年間80億円が集まります。ファミリークラブの総会員数は500万人とみられており、年会費だけで200億円に達する計算です」 物販もジャニーズ事務所の収入源だ。コンサート会場ではペンライトや携帯ストラップといった様々なグッズが販売され、ファンは目当てのアイドルのグッズを買い込む。「チケット収入やCD・DVD、グッズ販売などを総合すると、ジャニーズ事務所の年商は1000億円を超えるでしょう。業界2位のアミューズが年商400億円、3位のホリプロが200億円とされるので、ジャニーズの突出ぶりが際立ちます」(前出・スポーツ紙記者) そうしたビジネスを考案し、拡張する原動力となってきた人物こそ、ジャニー氏とメリー氏の姉弟だった。『異能の男 ジャニー喜多川』(徳間書店)の著者で、ジャニー氏と親交が深い作家・小菅宏氏が指摘する。「ジャニーさんは半世紀にわたってすべてのジャニーズアイドルを自ら発掘し、育て、デビューさせてきました。膨大な応募書類に全て自分で目を通し、ダイヤの原石を一瞬で見抜く。ジャニーさんは、書類の写真をひと目見ただけで、その子が20代・30代になったときにどんな顔になっているか分かるのです。 私も過去、幾人かの応募書類を見せられ、『誰がいいと思う?』と聞かれたことがありますが、自分が選んだ男の子は『全然違う』と一蹴されました(苦笑)。私から見れば首を傾げるような子でも、彼が選んだ子は必ずスターになる」 ジャニー氏が「原石」を見抜いてプロデュースし、姉のメリー氏が副社長として経営面を支える。この体制が、企業としてのジャニーズの強さの源なのだろう。※週刊ポスト2019年7月12日号
2019.07.01 07:00
週刊ポスト
光GENJIデビュー30周年、再結成の鍵を握るのは諸星和己か
光GENJIデビュー30周年、再結成の鍵を握るのは諸星和己か
 5月19日、『5時に夢中!』(TOKYO MX)に代打MCとして出演した諸星和己が、光GENJIのメンバー全員に会ったと告白。1989年発売のシングル『太陽がいっぱい』に全員からサインをもらったといい、ファンであることを公言する金曜レギュラーのミッツ・マングローブに手渡した。 光GENJIは1987年8月に『STAR LIGHT』でデビューしてから、今年で30周年を迎える。1988年には、『パラダイス銀河』『ガラスの十代』『Diamondハリケーン』でオリコンの年間シングル売上ベスト3を独占し、日本レコード大賞も獲得。昭和最後のスーパーアイドルだった。 昨年11月放送の『クイズ☆スター名鑑』(TBS系)では、『光GENJIローラースケート対決』という企画で諸星和己、山本淳一、佐藤寛之、大沢樹生の4人が一緒に番組に出演。諸星はイベントなどで度々、再結成の話題を出している。芸能記者が話す。「彼は本当にサービス精神が旺盛で、どうすればメディアに取り上げられるかを熟知している。記者会見では、必ず見出しになりそうなことを言ってくれる有難い存在なんですよ。今回の『全員に会った』という発言は、諸星特有のリップサービスの可能性もあるとは思います」 光GENJIは1994年に大沢と佐藤寛が脱退し、1995年に解散。2人と諸星はジャニーズ事務所から独立。その後、山本と赤坂晃も離れた。現在も残っているのは、佐藤アツヒロと内海光司の2人だけである。「本当に再結成があるなら、ジャニーズ事務所の許可は必須。以前、フォーリーブスが再結成したことがありましたが、全員事務所を離れていました。今もジャニーズの2人と独立組の5人が揃うことは現実的には難しいとは思いますが……。ただ、諸星は独立後も、ジャニーズ事務所を訪れ、メリー喜多川氏に会ったりしていた。人並みはずれた行動力を持っている彼が本気で動けば、何かが起こる可能性はあるかもしれないですね」
2017.05.23 16:00
NEWSポストセブン
SMAP 再結成の可能性があるとすれば6月が分岐点
SMAP 再結成の可能性があるとすれば6月が分岐点
「芸能スキャンダルに携わる仕事を始めて25年。正直、2016年ほど忙しい年はありませんでした」と語るのは18年連続女性週刊誌No.1を守り続ける『女性セブン』の川島雅史・編集長だ。 SMAP解散、ゲス不倫をはじめとする数々の不貞、大物カップルの熱愛発覚に結婚、芸能人の相次ぐ逮捕など、この1年は芸能ニュースが世間を騒がせ続けた。だが、日頃あまり女性誌やワイドショーを見る機会のない週刊ポスト読者は、意外とその詳細を知らなかったりするのではないか……。今回、そんな読者のために「女性セブン・週刊ポスト出張所」を開設した。 2016年大晦日をもって解散した国民的アイドルグループ・SMAP。彼らの動向に注目が集まる1年間だった。 1月、各スポーツ紙で「SMAP解散」が大々的に報じられた。発端は「SMAPの育ての親」といわれる女性マネージャー・I女史と同事務所副社長・メリー喜多川氏の確執だった。I女史とともに「独立」を画策した中居正広(44)、稲垣吾郎(43)、草なぎ剛(42)、香取慎吾(39)。それに対して木村拓哉(44)は事務所への「残留」を主張したとされる。 1月18日放送の『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)では、いつもなら中居が立つセンターに木村が立ち、どこか誇らしげにも見える表情で「SMAP存続」を宣言。そして他の4人は謝罪の言葉を繰り返した。虚ろな表情で頭を垂れる4人の姿には“公開処刑”との声も飛び交った。 5月にジャニー喜多川社長が解散説を否定するも覆水盆に返らず。存続発表からわずか半年後の8月、ついに2016年末をもっての解散を正式発表した。この間、ファンの心は複雑に揺れ動いた。川島編集長が振り返る。「読者の関心は非常に高かった。やはりファンとしては解散してほしくないという思いが強く、“真実”を知りたかったのでしょう。SMAP解散の詳細を伝えた号は、通常より売り上げが10%伸びました。 ただ、本誌でも〈ファン不在の無作法な終焉〉というタイトルでお伝えした通り、25年もの長い間、ファンに支えられて成長してきた彼らがファンとのお別れの場でもある“解散ライブ”すら行なおうとしなかったのは、いまだに残念でなりません」 解散後も彼らの動向には大きな注目が集まっている。香取は2017年9月で芸能界を引退すると報じられたり、I女史が芸能界に戻り、木村以外の4人を再び自分のもとに呼び戻すといった情報まで飛び交っている。芸能リポーターの井上公造氏がSMAPの今後を解説する。「ターニングポイントが訪れるのは2017年6月です。5人とも9月まで事務所との契約が残っており、それ以降の“契約解除”の申し立てをするリミットが6月なんです。5人全員が事務所に残留すれば、SMAP再結成もありえなくはない」※週刊ポスト増刊2017新春スペシャル
2017.01.01 07:00
週刊ポスト
ジャニーズの芸能人妻たち ファン代表の森光子にも挨拶した
ジャニーズの芸能人妻たち ファン代表の森光子にも挨拶した
 SMAP解散宣言以降、逆風が吹いている木村拓哉・工藤静香夫婦。解散には静香が関与したとの声もあり、トップアイドルの妻の厳しさを静香は今、改めて感じているのかもしれない。 「以前、香取くんが『アイドルの結婚は難しい。すべての人に認められる相手じゃないといけないから』とこぼしたことがありました。“すべての人”とは、ファンはもちろんのこと、事務所やグループの他のメンバーのことも指していたようです」(芸能関係者) アイドルが結婚すると異性のファンが離れる可能性は否定できず、事務所にとっては明らかにリスクだ。逆にいえば、アイドルの結婚には事務所の理解が欠かせない。  ジャニーズで結婚後の道を初めて切り開いたのは、1994年6月に結婚した近藤真彦(52才)だった。「マッチ夫婦がメリー喜多川副社長の理解を得たことが大きかった。妻の出産に仕事で駆けつけられなかったマッチに代わってメリーさんが立ち会い、『生まれたわよ』とマッチに報告したほど。彼の結婚が経営陣に認められたことで、後輩たちの結婚にも道ができました」(別の芸能関係者)  とはいえ、近藤の妻は芸能人ではない。2000年12月、人気絶頂の木村が、誰もが知る静香と結婚。事務所としては認めるわけにはいかなかった。「静香さんはメリー副社長のもとに足を運び、時間をかけて説得。最初は反対していたメリーさんもいつしか家族同然のつきあいにまでなったんです」(前出・別の芸能関係者)  その後、2007年にイノッチこと井ノ原快彦(40才)が瀬戸朝香(39才)と、2010年に東山紀之(49才)が木村佳乃(40才)と結婚。「彼女たちも必要以上にテレビで夫や家族を感じさせる言動はしません。事務所とのつきあいはもちろん、結婚時には両夫婦とも、ジャニーズの“ファン代表”だった森光子さん(享年92)へ挨拶もしました。  夫の年齢やファン層もありますが、最近、佳乃さんはドラマやバラエティーでも活躍し、ジャニーズの妻がここまで来たかと話題になっています」(前出・芸能関係者)  だが、静香だけは特別だった。結婚後、ほとんど芸能活動を休止していた静香だが、本人もスターゆえに人一倍気を使わなければならなかった。 「静香さんは1990年代に爆発的な人気を誇ったアーティストです。そんな静香さんに木村さんが憧れて交際が始まりました。木村さんがいくら大物でも、静香さんには夫の影に隠れきれない存在感があることは、誰もが認めるところでしょう」(前出・芸能関係者)  夫の仕事に配慮し、事務所との関係を大切にするのは、家庭を持つ妻として、母として当然のことだ。それでも批判を免れないのだから、トップアイドルの妻は難しい。 「イノッチは実は、V6のメンバーによく奥さんの話をするんです。自分の妻として認めてほしい、理解してほしいという思いがあるのでしょう。 木村さんと静香さんの夫婦は他のメンバーとの交流を一切持たなかった。そのことが、今となっては悔やまれます」(前出・別の芸能関係者)  解散まであと残された時間は4か月しかない。※女性セブン2016年9月15日号
2016.09.05 16:00
女性セブン
木村拓哉だけの「特例結婚」でメンバーたちは諦めの境地
木村拓哉だけの「特例結婚」でメンバーたちは諦めの境地
 解散を発表したSMAP。その背景には、木村拓哉(43)と他の4人のメンバーとの関係悪化が影響しているとも囁かれている。そして、その関係悪化の一因となったといわれているのが、木村の結婚だ。 木村が人気絶頂に駆け上る頃、ずっと交際を続けていた1人の女性がいた。9年交際していた元彼女のAさんだ。 芸能活動をしていたAさんと10代後半の木村が出会ったのは1990年のこと。木村の一目惚れで、交際が始まった。間もなく木村はAさんと同棲を始めた。木村の愛犬を連れてマンション周辺を散歩する彼女は近所でも有名だった。 木村はAさんを隠すことなく、「オレの彼女」と紹介した。ワイドショーのレポーターから「恋人はいますか」と聞かれて「います」と断言し、事務所からきつくお灸を据えられたこともある。 意外かもしれないが、木村には同世代のアイドルや俳優の友人がほとんどいない。「アイドルとしてあまりに飛び抜けていて、孤高の存在なんです。明石家さんま(61才)など他の分野には友人はいるのですが…」(芸能関係者) 木村にとって心を許せて、すべてを委ねられるのは、売れた前も後も変わらない存在の彼女だった。「木村さんはAさんに財布も預けていました。ライブにもよく顔を出していて、ファンは誰でも彼女のことを知っていました」(芸能記者)“糟糠”の彼女を他のメンバーやファン、マネジャーも受け入れていた。「彼女は9年間彼のためだけに尽くしていた。Aさんは香取さんが当時つきあっていた女性と一緒に旅行したり、メンバーからの信頼も厚かった」(前出・芸能記者) 結婚するなら彼女しかいないといわれるほどだったが、1999年、ふたりは突如破局する。「さすがに今は連絡をとっていません。現在Aさんは有名なヨガインストラクターの妻になっています。だいぶん前に結婚して2児の母。旦那さまも超イケメンです」(Aさんの知人) 女性セブン1999年9月9日号の独占インタビューで木村は9年に及ぶAさんとの交際にピリオドを打った心境をこう語った。〈これだけ愛した女性は初めてでした。今は恋愛することが難しいですね。まして結婚なんて想像もつきません〉 それにもかかわらず、破局から1年後、2000年12月に木村は静香と結婚。この時、静香は妊娠5か月だった。当時、女性マネジャーは「ファンを裏切ってはいけない」と猛反対したが、木村は“オレ流”を押し通した。「この時、静香さんは幾度もメリー喜多川副社長に連絡を取り、結婚の許しを請いました。当初は反対していたメリーさんも静香さんの熱意にほだされ、徐々に態度を軟化させた。それまでジャニーズで結婚していたのは近藤真彦さんと植草克秀さんだけ。他のメンバーからすると、“木村くんだけは特例で許されるんだ”という諦めの境地にいたったんです」(前出・芸能記者) 静香との結婚を機に、木村と他のメンバーの関係は変わっていった。※女性セブン2016年9月8日号
2016.08.26 07:00
女性セブン
SMAP存続 嵐・関ジャニ∞ファンから共演期待する声も
SMAP存続 嵐・関ジャニ∞ファンから共演期待する声も
 今回のSMAP分裂報道の発端は、かねてからSMAPの育ての親として知られていた女性チーフマネージャーと、TOKIOや嵐、関ジャニ∞を育ててきたメリー喜多川副社長の長女・藤島ジュリー景子副社長氏の対立だと報じられている。実際、これまで両陣営のアーティストは基本的に共演がNGとされてきたが、今後は同マネージャーが事務所を去ることで、ジュリー氏が一括してジャニーズの采配を執ることが予想されている。 こうした変化に際して、ジャニーズファンはどう思っているのか。嵐ファンの女性Aさん(29歳)はこう語る。「私は嵐ファンの二宮担(※二宮和也のファンという意味)ですが、もちろんSMAPも大好きです。これまで、なかなか嵐とSMAPが共演する姿は見られませんでした。当面は難しいかもしれませんが、将来的には『VS嵐』(フジテレビ系)、『嵐にしやがれ』(日本テレビ系)などのレギュラー番組にSMAPが出演する可能性もあるかもしれません。もちろん『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)に嵐が出演することだって期待していいのではないでしょうか」(Aさん) 関ジャニ∞ファンの女性Bさん(32歳)は、2015年の紅白歌合戦に一つの分水嶺を見ている。「昨年末の紅白歌合戦で、『前向きスクリーム』を歌った関ジャニ∞は、後ろに多数の出場歌手を総動員してお祭りのように盛り上がるという演出でした。そのなかに、なんとSMAPがいたんです。通常、“派閥”が違うSMAPが後輩でかつ、ジュリーさん派閥のエイト(関ジャニ∞)の後ろで花を添えるなんてありえない。エイトのファンとしてはかなりの衝撃でした。 しかも、あの時、キムタク(木村拓哉)が笑顔でエイトの振り付けに合わせて踊ってくれていたんです。この懐の深さには感動しました。今思えば、キムタクはこの頃からSMAPの行く末を案じていて、将来的にはエイトと共演する可能性を感じていたのかもしれません。今後はぜひ、エイトとSMAPが共演する姿が見たいです」(Bさん) SMAPが今後もグループとして存続することで、今後はジュリー氏が育ててきたジャニーズグループとの関わりがでてくる可能性がある。他のグループのファンからは、すでに共演を望む声が上がっているようだ。
2016.01.27 07:00
NEWSポストセブン
SMAP育ての親女性 入社当時はメリー氏のお気に入り
SMAP育ての親女性 入社当時はメリー氏のお気に入り
 SMAPの5人のうち中居正広(43才)など4人がジャニーズ事務所を離脱し、木村拓哉(43才)が残留すると報道されたSMAP空中分解騒動。SMAPの育ての親である元マネジャー・I氏(58才)が、ジャニーズ事務所を退職することに端を発したこの騒ぎだが、I氏とはいかなる人物なのか。 I氏は幼い頃から生活の中に音楽がある環境で育ってきたという。「Iさんは東京の山の手の出身だそうです。お父さんは大手のレコード会社に勤めていて、お母さんはピアノの先生。絵に描いたような音楽一家に生まれ育ちました。 そんな両親の影響もあったのか、幼い頃からクラシック音楽から流行りのポップミュージックまで、幅広い音楽に触れてきたそうです。今と違ってアイドル歌手に興味はそれほどなく(笑い)、いいところのお嬢さんといった雰囲気でした」(I氏の知人) ジャニーズ事務所入社は今から30年ほど前のこと。音楽関連会社への就職を探すなか、父親の知人の紹介でメリー喜多川副社長(89才)に出会ったのがきっかけだったという。「彼女はすぐにメリーさんに気に入られました。アイドル好きのミーハーではないし、他の女の子たちとキャピキャピつるむタイプでもない。それでいて愚痴をいわずに言われた以上の仕事をこなすタイプでした。当時のジャニーズのマネジャーは100%男性。それでIさんはデスクとして入社しました」(前出・知人) ジャニーズ事務所における「デスク」とは、事務所内に常駐し、電話連絡やデスクワークなど事務的作業を担当する係。I氏もそんな仕事を手伝っていたという。「仕事ぶりは際立っていました。ただ、デスクには女性が多く、目立ちすぎてしまったからか、人間関係がうまくいっていなかった。入社した当時はぽっちゃりとした体形だったそうですが、数年でみるみるやせてしまったそうです」(前出・知人) 当時、ジャニーズ事務所は「光GENJI」人気の全盛期。彼らに続き、超えていくアイドルをいかに作り出すかが事務所内の課題でもあった。 とはいえ音楽業界には逆風が吹いていた。1989年に『ザ・ベストテン』(TBS系)が、1990年には『歌のトップテン』(日本テレビ系)、『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)が終了するなど音楽番組が次々に姿を消していた時代だ。 そんな中で結成されたのがSMAPだった(1988年)。デビューまでは3年もかかった。「デビュー曲はオリコンチャートは2位だったものの、完全に落ちこぼれグループ。その後も鳴かず飛ばずで専属マネジャーもいない状態でした。 見かねて面倒を見はじめたのがデスクのIさんだった。当時小学生でランドセルを背負っていた香取慎吾(38才)の勉強を見てあげたり、衣装が破れていたら繕ってあげたり、“お母さん”のような役回りでした。 そうこうしているうちに、ジャニーさんから“I、面倒見てよ”とSMAPのマネジャー的な仕事も任されるようになったんです。当時、マネジャーをやるなんて、事務所の女性としては初めてのことだったと思いますよ」(テレビ局関係者) 以降、SMAPはアイドルの王道とは異なる道を歩みはじめる。1992年、SMAPにとって初めてのレギュラー番組は『夢がMORIMORI』(フジテレビ系)だった。「ただコントに挑戦するだけでなく、当時のアイドルにはあり得ない格好悪いカツラをつけて芸人以上のリアクションで番組を盛り上げた。Iさんの提案でしたが、最初は本人たちも渋っていたんです。だけど、そのハメの外し方が新しいと彼らの人気に一気に火がついた。そこからメンバーはIさんのことを徐々に信用するようになっていきました」(前出・テレビ局関係者) 1994年、デビューから2年半、通算12枚目のシングル『Hey Hey おおきに毎度あり』でついに念願のオリコン1位を獲得した。ここからSMAPの快進撃が始まる。※女性セブン2016年2月4日号
2016.01.23 07:00
女性セブン
SMAP騒動裏側 メリー氏は工藤静香にとって母のような存在
SMAP騒動裏側 メリー氏は工藤静香にとって母のような存在
 解散・独立騒動に揺れるSMAP。“育ての親”と言われる女性マネジャー・I氏とともにジャニーズ事務所からの独立を模索していた中居正広(43才)、稲垣吾郎(42才)、草なぎ剛(41才)、香取慎吾(38才)の4人に対し、唯一の妻帯者である木村拓哉(43才)は事務所残留を決めていた。結果的に、5人の足並みが揃わなかったがために、SMAPの独立は失敗に終わったというわけだ。 そして、木村を事務所に残るように説得したのが妻・工藤静香(45才)だという。独立後の仕事がうまくいかなったらどうするのか──。2人の娘を持つ工藤は家族の将来を考えて、残留の希望したのだ。メンバー5人の中で唯一の既婚者である木村と4人の立場は大いに異なる。 そもそも、アイドルである木村にとって、芸能人との恋愛は御法度。しかも、恋多き女として知られる工藤が相手となると反対する意見も多かった。特に反対していたのが、I氏だという。しかし、工藤はジャニーズ事務所副社長・メリー喜多川氏(89才)にかけあったという。「木村さんとの交際、結婚にあたって、静香さんはメリーさんに許しを請うたんです。どうしてもふたりのことを認めてもらいたい一心だったんでしょう。まめにメリーさんに連絡をとって、挨拶を続けたようです。当初はメリーさんも静香さんとの交際には反対していたんですが、徐々にその態度も軟化していきました。 メリーさんは情に厚いかたなので、一度メンバーの家族として受け入れたら、徹底的に守ります。静香さんのマスコミ対策や、産後の仕事復帰も後押ししました。静香さんにとって、メリーさんは“母”のような存在になっていったのです。でも静香さんとIさんの距離が縮まることはありませんでした」(芸能関係者) それまでは木村との交際を人前でアピールすることもあった工藤だが、結婚してからは、そのようなこともなくなり、テレビで夫について話すことも自粛した。「ママ友とのランチ会でも、夫のことは絶対にしゃべらないそうです。変われば変わるものですが、いつもメリーさんの存在があったのでしょう」(スポーツ紙記者) 結婚を境に、木村とI氏、木村と4人のメンバーの関係は変わった。「まず家族ありきの木村さんと、何よりも『SMAP』という他のみんなとの間に溝ができていった」(前出・芸能関係者) そして結婚15周年を迎えた昨年早々、メリー氏とI氏、ひいてはSMAPとの確執が表面化した。『週刊文春』(2015年1月29日号)に掲載されたメリー氏のインタビューでメリー氏はI氏やSMAPについてこんな発言をしたのだった。《うちの娘とIが争うなら私はIに『出て行け』というしかない。(中略)対立するならSMAPを連れて今日から出て行ってもらう》《SMAPは踊れないじゃないですか。うちの子はある程度踊らなきゃしょうがないでしょう》 この報道以降、メリー氏とI氏の関係は悪化。「踊れない」発言は中居をはじめとするSMAPメンバーにも波紋を広げた。「静香さんからすれば、木村さんとIさんの絆もわかるけれど、メリーさんを裏切るわけには絶対にいかない。難しい立場だったと思います。それに静香さんは木村さんが他のメンバーとうまくいっていないことを気にしていました。“彼ももう43才。SMAPを卒業して新たな挑戦をしてもいいのかも…”と。娘にとっても静香さんにとっても、SMAPの家族である不自由さから解放されたいという気持ちもあったのかもしれません」(静香の知人) そして木村は1人、ジャニーズ事務所に留まる決意をした。※女性セブン2016年2月4日号
2016.01.22 16:00
女性セブン
SMAP極秘会合 草なぎ「香取と行動」で香取「中居に任せた」
SMAP極秘会合 草なぎ「香取と行動」で香取「中居に任せた」
 日本中の注目の的となっているSMAPの解散報道。発端となったのは“育ての親”と言われる女性マネジャー・I氏(58才)のジャニーズ事務所からの独立問題だ。中居正広(43才)、稲垣吾郎(42才)、草なぎ剛(41才)、香取慎吾(38才)の4人が、I氏とともに独立する意向を示したのに対し、木村拓哉(43才)1人がジャニーズ事務所残留を表明。その結果、円満独立が果たせなかったというのだ。 タレントの上下関係やスタッフとの結束を重視し、「鉄の掟」で知られるジャニーズ事務所サイドからしてみればI氏や中居の行動は“反逆”に映った。SMAPと事務所の契約は基本1年契約で、9月に更新の予定だったが、「そんな画策をするなら契約更新を待たずにさっさと出て行って!」とジャニーズ事務所の副社長メリー喜多川氏(89才)も態度を決めたという。“SMAPの解散もまったく構わない”という状況にI氏や中居は慌てた。事態を重く見た芸能界の重鎮が4人を事務所に戻すよう調停に動いたが、一度は独立の意思を固めた4人に対し、メリー氏はあまりにも虫がよすぎると“絶対に戻さない”と態度を硬化させた。 メリー氏の状況を知り、マスコミは「解散」を報じたが、I氏や中居らはすぐさまその翌日に「SMAPの解散はない」という記者会見を開こうとした。ちょうどその日が『SMAP×SMAP』の収録日だったこともあり、会見の情報がスポーツ紙や週刊誌を駆け巡った。 しかし、それも数時間後には「会見は開けない」と急転。それは、SMAPの活動を続けたいという4人の希望を、メリー氏が受け入れなかったからだったと噂された。「その時点では解散は不可避と見られていて、万が一可能性があるとすれば、4人が直接ジャニーさんとメリーさんに謝罪することしかなかった。しかし、リーダーの中居はもちろん一度反旗を翻したと見られてしまった香取や草なぎ、稲垣にとっては“行くも地獄”“戻るも地獄”の選択です。4人のメンバーとIさんは土壇場でとことん話し合ったそうです」(芸能関係者) そして、1月14日に4人とI氏による極秘会合が行われた。その場でI氏は、「迷惑をかけた」と芸能界からの引退を宣言し、「SMAPを続けてほしい」と4人に話した。動揺する稲垣、草なぎ、香取を、リーダーの中居がまとめた。「草なぎは香取と一緒に行動すると言った。香取はもともと年の離れた中居に意見を言える関係ではないので、中居に任せた。中居のいちばんの思いは他のメンバーのためにもファンのためにも“SMAPを続けたい”ということ。そして木村に許しを請う電話をかけたんです」(前出・芸能関係者) 何度もかけ直し、ようやく電話に出た木村に中居は「もう一度、5人でSMAPをやりたい」と伝えた。木村は何も言わず中居の言葉にうなずいたという。「木村の胸中は複雑だった。一度はIさんや4人と別れることを覚悟していたからです。それでも気持ちを反転させ、4人のために動くことに決めました」(前出・芸能関係者) 1月17日、『SMAP×SMAP』での生放送会見前日、主演する時代劇映画『無限の住人』のロケで京都に滞在していた木村はロケ現場からメリー氏に電話をかけ、「4人をグループに戻してほしい」と直談判した。 木村の働きかけで、17日夜に4人とメリー氏の会談が実現した。4人のメンバーはメリー氏に「どうしても戻りたい」と直接謝罪の思いをぶつけた。これで、SMAPは“再生”した。だが、激動の一年は今、始まったばかりだ。※女性セブン2016年2月4日号
2016.01.21 16:00
女性セブン
SMAP解散騒動 局スタッフ「去年秋から木村拓哉浮いていた」
SMAP解散騒動 局スタッフ「去年秋から木村拓哉浮いていた」
 解散報道に揺れるSMAP。彼らの育ての親と言われる女性マネジャーのI氏(58才)の独立問題は、『週刊文春』(2015年1月29日号)が報じたジャニーズ事務所の副社長・メリー喜多川氏(89才)のロングインタビューがきっかけで明らかになった。そこでI氏はメリー氏から「次期社長は娘のジュリー(副社長)。対立するならSMAPを連れて出ていってもらう」と断じられている。「SMAPと事務所の契約は基本、1年契約です。昨年9月にも更新があった。その時にIさんとSMAPの独立話が持ち上がったが、木村にその意思がないために、その話は立ち消えになったはずだった」(テレビ局関係者) 中居正広(43才)、稲垣吾郎(42才)、草なぎ剛(41才)、香取慎吾(38才)の4人は、I氏が独立するならそれについて行くという意志を事務所に伝えていたとのことだが、木村拓哉(43才)は同調しなかった。 I氏にとってみれば、木村が首を縦にふれば、メンバー揃って円満に独立できるという思惑があったのかもしれない。芸能界の大御所社長や政財界の大物一族に、「SMAPの独立をどう考えるか」という相談を持ちかけたという。「SMAPは2020年の東京五輪関連の仕事が決まっています。その事業には有力な政治家や財界人がかかわっている。それもあってIさんとしては多少のことでは解散にはならないという計算もあったでしょう。でも、そんな動きが周囲からは“クーデターを画策している”と映ってしまったのでは」(民放関係者) 中居もまた、立ち消えになった独立話を進めるような相談を周囲にしていたという。「『笑っていいとも!』で中居や草なぎ、香取を育てたといっていいタモリさんに相談したと聞いています。その縁で、大物芸能事務所関係者がSMAPの独立の手助けに動き出したという具体的な話も飛び交いました。条件は“SMAPが5人全員揃っていること”だったので、結局は実現しませんでした」(前出・テレビ局関係者)“木村のせいで”円満に独立できなかったという空気は昨年秋から徐々にメンバー内で流れはじめた。「たしかに昨年9~10月、ジャニーズ事務所の顧問弁護士が中居ら4人と1時間程度の面会で今後の意思を確認したところ、基本的に“I氏と独立したい”とのことだった。一方で当初面会にも応じず、態度を保留していた木村は、中居から“ハッキリさせよう”と詰め寄られて、ジャニーズ事務所に残ることを決めました。そこで路線の違いが決定的になりました」(前出・芸能関係者) テレビ局スタッフはこう証言する。「去年の秋ごろからメンバーが共演する番組で完全に木村さんだけが浮いている感じでした。歌の収録でもなぜか木村さんだけ踊りが合わないことが多かった。木村さんは曲中でアドリブ的なフレーズを入れることが好きだったけど、それも少なくなった。トークのあるコーナーで中居さんが木村さんに話を振ることも明らかに減った。もともとこの15年ほど、木村さんと中居さんはめったに口を聞いてなかったですが、2人の関係は目に見えて悪化していました」(前出・スタッフ) 木村にとってもI氏は恩人であることには変わりはなく、他のメンバーと同じように恩義も感じている。SMAPのなかで絶対的な二枚目のポジションを確立させ、「キムタク」像を作り上げたのもI氏の手腕。 だが、木村が他のメンバーと違うのは、妻を持ち、2人の娘のパパだということ。ジャニーズ事務所から独立して仕事が減っている先輩も少なくない。「独立という冒険は難しい。どうしてこのままではいけないのか」──メンバーとの溝に木村は「もう疲れた」と漏らしていた。※女性セブン2016年2月4日号
2016.01.21 07:00
女性セブン
SMAP分裂騒動 メンバー4人は「行くも地獄、帰るも地獄」
SMAP分裂騒動 メンバー4人は「行くも地獄、帰るも地獄」
〈SMAP解散〉──衝撃的な見出しとともに、国民的アイドルグループ・SMAPの中居正広(43)、稲垣吾郎(42)、草なぎ剛(41)、香取慎吾(38)が所属するジャニーズ事務所から独立し、木村拓哉(43)だけが残るという一報は、一般紙でも報じられる“大事件”となった。 発端は「SMAPの育ての親」といわれる女性チーフマネジャー・I女史と同事務所の副社長・メリー喜多川氏との確執だった。 それが表沙汰になったのは、2015年1月に『週刊文春』が報じた〈ジャニーズ女帝 メリー喜多川 怒りの独白5時間〉という記事だった。 メリー氏はインタビューで、〈派閥があるなら、それは私の管理不足です。事実なら許せないことですし(中略)今日、(I女史を)辞めさせますよ〉と述べたうえで、〈私の娘(藤島ジュリー景子)が(会社を)継いで何がおかしいの?(中略)次期社長ですよ〉とジュリー氏こそが後継者だと明言した。「もともとI女史は、ジャニーズ所属タレントだったフォーリーブスの熱烈な追っかけで、その縁でジャニーズ事務所で働くようになったそうです。そんな彼女が後継者と指名する自分の娘と肩を並べるようになったのが、メリー氏は気に入らなかったのでしょう。この記事が出て以降、I女史は“もう事務所にはいられない”と漏らすようになった」(芸能関係者) そしてI女史はSMAPの映像作品を製作・管理するジャニーズ事務所の子会社「ジェイ・ドリーム」の役員を辞任。ジャニーズ事務所の退社も決まっている。 確執の中で、SMAPメンバーもそれぞれの決断を迫られる。「草なぎや稲垣は不祥事(*注)を起こしたときに助けてもらったという恩義があり、I女史に付いていくという意思が強かったそうです。数多くのバラエティ番組のMCを務める中居は、独立してもやっていけるかどうかをかなり考えたようです。 I女史の立場が悪くなり始めた昨年初めの頃からタモリ、ダウンタウン・松本人志といった大物芸人と今まで以上に親交を深め、業界に影響力を持つ重鎮らにも相談していたとの話がある。その感触から“ジャニーズを辞めても干されないだろう”と踏んだわけです」(芸能ジャーナリスト)【*注:稲垣は2001年8月、駐車禁止違反で警察官に免許の提示を求められたが、車を発進させたため、公務執行妨害と道路交通法違反で現行犯逮捕された。草なぎは2009年4月に泥酔し、公園で裸になり大騒ぎして公然わいせつ罪で現行犯逮捕された】 一方で“残留”を貫いたのが木村だった。「木村は“ジャニーさんやメリーさんは裏切れない”と終始話していた。また妻の工藤静香とメリー氏は懇意の仲であるため、彼女から説得されたという説もあります」(同前) ところが、独立話に対するメリー氏の反応は、中居の予想をはるかに上回る凄まじいものだったようだ。「メリーさんは、I女史と4人のメンバーは絶対に芸能界で仕事をさせないと激怒した。他の大手プロダクションの社長にも、その話はすぐに伝わったようです」(前出・芸能関係者) タレントのわがままで自由にプロダクションを移籍することを許せば、売れる前の投資費用を回収できない。そのため芸能界にはタレントの独立を認めず、逆らって独立すれば仕事を干すという不文律がある。「その点はライバル会社とはいえ利害は共通する。有力プロダクションに拾ってもらえる可能性はゼロだ、と独立を画策したメンバーたちも悟ったようです。テレビ局も嵐などジャニーズの他のタレントに出演拒否されたら困るので、4人を使わないでしょう。その感触が伝わって、中居らの気持ちは一転、グラグラに揺れたようです」(同前) この分裂騒動の行方は本稿締め切り時点で見えてこない。だが、I女史と4人のメンバーには、もはや「行くも地獄、帰るも地獄」の未来しかないようだ。※週刊ポスト2016年1月29日号
2016.01.15 07:00
週刊ポスト
SMAP解散報道で激震 「やっぱり残る」で揺れるメンバーたち
SMAP解散報道で激震 「やっぱり残る」で揺れるメンバーたち
「えーっ!…」。周囲の者が顔を向けるほどの驚きの声をあげた記者は、そのまま言葉を失った。1月12日。女性セブンの最終校了直前、編集部に飛び込んできた“SMAP分裂”“解散”“移籍”情報。〆切り時間の迫る中、手のあいた者総がかりでの裏取り作業が始まった。 しかし、なかなか情報の全体像が浮かび上がってこない。刻一刻と迫る〆切り時間。だがあと1時間ほどで時間切れとなった時、あるテレビ局関係者が重い口を開いた。「ジャニーズ事務所のI女史が会社を辞めることを決めた件は、聞いている。その背景には『週刊文春』(2015年1月29日号)が事務所の副社長・メリー喜多川さんのインタビューとともに報じた社内の“後継争い”があるようだ。彼女の辞任に伴うSMAPメンバーの今後の動向についても話は出ているが、いまは話せない」という内容だった。 遠因と指摘された週刊文春の記事を要約するとこうだ。事務所内には長らくI女史と、メリー氏の長女の藤島ジュリー景子氏を筆頭にする2つの大きな派閥が存在し、それが後継者問題につながると囁かれてきた。Kis-My-Ft2やSexy Zoneなどを担当しているI女史は、今や国民的アイドルグループにまで登りつめたSMAPをデビュー当時から育て上げた辣腕で、献身的に支えた彼女にはメンバーからの信頼も厚い。対するジュリー氏はTOKIOや嵐、関ジャニ∞を担当している。 記事はその対立について単刀直入に問うたのだが、メリー氏は派閥の存在自体を否定した。一方で、次期社長はジュリー氏であると明かし、もし対立が事実であるならば容赦なくI女史を辞めさせると宣言して、大きな話題になったものだ。 それにしても、あのSMAPが分裂したり解散したり、移籍するような事態が本当にあり得るのだろうか。時間と紙幅に限りがあるので、取材の結論からお伝えする。情報は概ね正確であり、いまSMAPは激震の中にいるようだ。ある音楽関係者はこんな話までしてくれた。「SMAPのメンバーはI女史がクビになったと知った時、自分たちも彼女についていくと一旦は決めたようだが、時が経つにつれ、ある1人が、“やっぱりジャニーズに残る”と言い出し、メンバーたちは揺れに揺れているようです」※女性セブン2016年1月28日号
2016.01.13 16:00
女性セブン
田原俊彦 『いいとも』最終回でジャニーズと共演の複数兆候
田原俊彦 『いいとも』最終回でジャニーズと共演の複数兆候
『笑っていいとも!』(フジテレビ系)終了へのカウントダウンが始まった。1982年10月の開始以来、お昼の顔として日本中に笑いを振りまいてきた歴史的番組が、3月限りで終了する。最終回となる3月31日には、昼の通常放送を終えた後、新宿のスタジオアルタからフジテレビのあるお台場に移動し、特番『グランドフィナーレ特大号』をゴールデンタイムで生放送する予定だ。 月曜日から金曜日までの現役レギュラー陣40人が集まり、歴代レギュラー陣も駆けつけるため、スタジオアルタの楽屋では対応しきれないこともあり、お台場からの放送となるようだ。 約290名もの歴代レギュラーのなかから、誰が出演するのか気になるところだ。ある芸能記者はこう話す。「ジャニーズ勢と田原俊彦の共演があるかどうかが注目されます。田原は、ジャニーズ事務所独立以降、ジャニーズのタレントと共演できていません。SMAPの中居正広や草なぎ剛、香取慎吾は、今の『いいとも』レギュラー。田原は、ジャニーズ事務所独立後の1995年10月から金曜日、木曜日でレギュラーを務めていた。 実は1995年の年末特大号で、共演に近い形はありました。田原がディナーショー会場から中継でVTR出演。カズこと三浦知良(横浜FC)と一緒にクイズを出し、中居や草なぎ、香取が答えていたのです。ただ、そのときは会話による絡みはなかったし、共演とはいいづらい。田原は1996年9月に『いいとも』を卒業し、その後ジャニーズタレントと共演する機会はありません」 しかし、情勢は変わりつつある。昨年、あるイベントで田原はジャニーズ事務所副社長のメリー喜多川氏から手紙をもらったことを告白。関係が修復しつつあることを匂わせた。「一昨年、田原が『HEY!HEY!HEY!』(フジテレビ系)に出演したとき、ジャニーズ所属のHey!Say!JUMPも同じ回に出ていた。共演という形ではなかったが、これはかなり画期的なことでした。昨年、田原は『いいとも』に呼ばれましたが、『いいとも青年隊』はジャニーズ所属のnoonboysが務めていた。 以前では絶対にありえなかったことが、この2年間で起きているのです。そして、メリーさんとの手紙のやり取りがあった。『いいとも』最終回という歴史的な場所で、歴史的な共演が生まれる可能性はゼロとはいえません」(同前) ちなみに、『いいとも』の最高視聴率は1988年4月29日の27.9%。当時、ドラマ『教師びんびん物語』(フジテレビ系)に主演していた田原俊彦がテレフォンショッキングに出演した日である。はたして、ジャニーズと田原の共演が実現し、歴代最高視聴率に迫る数字を残せるか。
2014.02.23 07:00
NEWSポストセブン

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