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TVでは「かわいそうな患者とヒドイ病院」とやれば外れはない

 報道では患者はいつも「かわいそうな被害者」だ。病院側の事情は一切考慮されず、どんな状況であっても患者をすべて受け入れ、ミスを犯してはならないと迫られる。1999年に発生した「割り箸死」事件報道を振り返って、ジャーナリストの黒岩祐治氏が検証する。

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 11年前、転倒した4歳の保育園児が割り箸を喉に刺して死亡した事故。その第一報を受けて、当時、夕方の『FNNスーパーニュース』(フジテレビ系)のキャスターだった私は、怒りを込めて次のようにコメントした。

「どうしてドクターはCTスキャンなどしなかったんでしょうね。信じられませんね。そういう基本的なことさえキチンとしていればこんなことにはならなかった。ご遺族の気持ちを思うといたたまれないですね」

 それから9年後、いったん逮捕された担当医師の無罪が確定した。私のコメントは的外れだったことになる。かつての自分自身のコメントをどう総括するべきなのだろうか?

 私自身、ずっと心に引っかかっていた。医療は自分の得意分野などとなまじ自負していたことがアダとなった。医療とマスコミを論じる上で、当事者であった自分自身から目をそらすわけにはいかない。

 1999年7月、東京都杉並区の盆踊り大会に参加していた杉野隼三君が転倒し、綿あめの割り箸が喉に刺さった。救急車で杏林大学付属病院に運び込まれたが、医師は傷口に消毒薬を塗って痛み止めの薬を渡しただけで、家に帰した。

 翌朝、隼三君は自宅で容態が急変し、再び救急車で運ばれたが、死亡した。司法解剖の結果、7.6センチの割り箸の切れ端が小脳にまで達し、頭蓋内損傷を起こしていたことが分かった。

 病院側は過失を認めなかったが、警察は医師を業務上過失致死容疑で逮捕した。テレビは連日、大きく取り上げた。母親が遺影を前に涙ながらに語る姿はニュースだけでなく、ワイドショーの格好のネタとなった。

 可愛い盛りの4歳でこの世を去ったかわいそうな隼三君、突然最愛の息子を失った悲運の母親、脳に刺さった割り箸を発見することもできなかったヤブ医者、杜撰な診察、お粗末な病院の現状……。

 ストーリーが完成するのに時間は必要なかった。私自身、第一報のニュースからそのストーリーを何の疑問も持たないまま、受け入れていた。
 
 かわいそうな患者とヒドイ病院。勧善懲悪の時代劇さながらに、その定型的な構図はあまりにも分かりやすい。病院が過失を認めなかったとなると、巨大な組織が弱い個人を痛めつけるという典型的な構図がさらに鮮明になる。マスコミは弱者の味方ぶるのを最も得意とするところであるから、その流れに乗じていれば、外すことはない。

 報道が社会の改善につながることはマスコミ人として職業冥利に尽きるが、果たして純粋にそういう意識の下で取材活動をしているかは自省すべき問題である。

 特に記者クラブの記者は、そういう発想をする余裕もなく、目の前のニュースに追い回されるのが常だ。そして前述のような単純な構図の報道が出来上がる。
 
  患者が病院をたらい回しにされて死亡した事件などで使われるたらい回しという表現自体、病院側の“受け入れ拒否”であって、ヒドイ病院というニュアンスが込められている。病院側からすれば、“受け入れ不能”なのだ。
  
 割り箸死亡事故は裁判の結果、「特異な事例で医師が想定するのは極めて困難」「治療しても延命の可能性が低かった」として、医師は無罪となった。

 まさかそんな結果になるとは私自身、想像もしていなかった。我々は割り箸が脳に刺さっていたという結果を知った上で判断していた。だからこそ医師の対応に「信じられない」という言葉を軽々しく使えたのだ。

 医師が4歳児への問診の中でどこまで類推しうるものなのか? そういう想像力を私も働かせず、素人判断でコメントしていたのである。その危うさに気づいていなかった私自身、「知的な劣化」といわれても仕方がない。

※週刊ポスト2010年11月12日号

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