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孫正義評伝 在日朝鮮人が舐めた辛酸とバイタリティ描かれる

週刊ポスト連載中から轟々たる反響を集めていた『あんぽん 孫正義伝』(佐野眞一著)は、発売即日に大重版し、早くも累計10万部を突破した。ノンフィクション界の巨人、佐野氏が“本人も見られない背中や内臓から描いた孫正義論”と語る本書は、大きな波紋を広げている。イラストルポライターの内澤旬子氏はどう読んだか。

* * *
日本屈指のIT長者、孫正義の血脈は、予想をはるかに上回る面白さだった。まだ歴史と呼べないくらいほんのちょっと昔、昭和三十年代。なにもかも失い、故郷の半島をやむなく離れ、海を渡り、寄せ集まるように無番地の土地に小屋を建てた朝鮮人たち。

残飯を集めて豚を軒先で飼養し、密造酒を売りさばき、炭鉱に潜り、廃品回収をし、必死に働いて貯めたお金で、焼肉屋やパチンコ屋やキャバレーを経営。そして儲けたお金で子どもたちに教育を施し、海外留学させる。孫正義は、そうした大人たちが暮らす朝鮮部落で育った。

彼らは、一家仲良く団結して、差別と貧困を跳ね返そうなんていう綺麗事では、まるっきりおさまらない。必死で稼いじゃあ、いがみあい、掴みあい、つぶし合い、流血沙汰まで起こす。

かと思うと、想像を超えるスケールの愛情を子どもらに注ぐ。父親である三憲が正義に注いだ天才教育はまるで熱血漫画のようだし、孫正義の父方の祖母、李元照は、子豚が生まれると、丹前に入れて持ち歩き、あり余った自分の乳を飲ませたという逸話の持ち主だ。

国の統計によると、昭和三十年代、全国の養豚農家の一戸当たりの平均飼養頭数は、三頭前後。当時の豚は、全国どこでも一家でほんの数頭飼うものだった。

さすがに自分の母乳をやった飼い主は多くはないだろう。けれど、残飯で飼養するのはごく一般的なことだったし、お産の時には一晩じゅうつきっきりで立ち会う飼い主も多かった。出の悪い乳房にしかありつけない子豚を抱いて、山羊の乳を飲ませて育てたという話も聞く。豚に母乳をやるとだけ読むと驚くが、当時は今感じるほど不自然な話でもなかったのではと思う。

そう、おそらくは孫正義の家だけが際立って特殊だったというわけではない。この本に書かれているのは、在日朝鮮人一世から三世の多くが、日本の植民地支配と戦争に翻弄され、這うように辿った道であり、舐めた辛酸であり、培ってきた底抜けのバイタリティなのではないだろうか。

孫正義が高校生で在日朝鮮人という枷を断ってアメリカに飛び立ち、長じて情報産業という、物でも金でもない、匂いがないどころか実体すら掴みにくい、バーチャルにして、世界最先端業種で大成功を収める。このすさまじい対比があって、在日朝鮮人の三代記が、改めて多くの人々に読まれ、知られることとなる。著者の狙いは、そしておそらく家の恥を晒してまで取材を受け入れた孫正義の想いも、そこにあるのかもしれない。

※週刊ポスト2012年2月3日号

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