国際情報

朝日新聞の記者が実証的アプローチで北朝鮮の内実を描いた本

【書評】『北朝鮮秘録 軍・経済・世襲権力の内幕』牧野愛博著/文春新書/872円

【評者】関川夏央(作家)

 二〇〇八年八月、金正日は脳出血で倒れた。外国人医師団の手術で回復したものの、不摂生を重ねた体は多病であった。翌年から金正日は「安心して死ぬための準備」に入った。もっとも若く、もっとも粗暴な息子、金正恩を後継者に選んでの権力世襲である。「百発百中の射撃の腕前」「十八ホールすべてでホールインワン」といったバカげた宣伝は論外にしろ、金正日は義弟・張成沢を息子の後見人と決めた。

 また〇九年春の長距離ミサイル発射と核実験、一〇年三月の韓国哨戒艇撃沈、同年十一月の大延坪島砲撃などは、軍を味方につけるための好戦的蛮行であった。

 さらに張成沢に政敵粛清を許した。そのうちのひとり柳敬は、北朝鮮軍暴挙の後始末のため一〇年十二月と一一年一月に訪韓したが、その帰国直後、家族とともに自宅で射殺された。彼は金正日が拉致テロを認めた今世紀初めの日朝交渉で、外務省の担当者・田中均のカウンターパート「ミスターX」その人であったという。

 著者は金正日の生年を通説より一年早いと見て、一一年十二月十七日に七十歳で死んだとする。父の後を襲った金正恩の、祖父・金日成に似せた極端な刈り上げ頭、遊園地とスキー場にしか興味をしめさぬコドモじみた態度、これらはみな張成沢の指示かも知れない。

 北朝鮮は一九九五年、民生が政治課題からおろさざるを得なかったとき、国家としてはすでに崩壊している。その後は、どんな手段を使ってでも権力を存続させることだけを目的とした。金日成の野心が引き起こし、三百万人の命を奪った朝鮮戦争後、北朝鮮が六十年も存続していることは歴史上の奇跡である。コリア民族の恥でもあろうと痛切に思う。

『北朝鮮秘録』を読んでの感想はもうひとつ、かつて空想的かつ感傷的なコリアしか書けなかった朝日新聞に、ここまで実証的アプローチのできる記者がいたという驚きである。

※週刊ポスト2013年8月30日号

関連記事

トピックス

(写真/共同通信)
《神戸マンション刺殺》逮捕の“金髪メッシュ男”の危なすぎる正体、大手損害保険会社員・片山恵さん(24)の親族は「見当がまったくつかない」
NEWSポストセブン
列車の冷房送風口下は取り合い(写真提供/イメージマート)
《クーラーの温度設定で意見が真っ二つ》電車内で「寒暖差で体調崩すので弱冷房車」派がいる一方で、”送風口下の取り合い”を続ける汗かき男性は「なぜ”強冷房車”がないのか」と求める
NEWSポストセブン
アメリカの女子プロテニス、サーシャ・ヴィッカリー選手(時事通信フォト)
《大坂なおみとも対戦》米・現役女子プロテニス選手、成人向けSNSで過激コンテンツを販売して海外メディアが騒然…「今まで稼いだ中で一番楽に稼げるお金」
NEWSポストセブン
ジャスティン・ビーバーの“なりすまし”が高級クラブでジャックし出禁となった(X/Instagramより)
《あまりのそっくりぶりに永久出禁》ジャスティン・ビーバー(31)の“なりすまし”が高級クラブを4分27秒ジャックの顛末
NEWSポストセブン
愛用するサメリュック
《『ドッキリGP』で7か国語を披露》“ピュアすぎる”と話題の元フィギュア日本代表・高橋成美の過酷すぎる育成時代「ハードな筋トレで身長は低いまま、生理も26歳までこず」
NEWSポストセブン
「舌出し失神KO勝ち」から42年後の真実(撮影=木村盛綱/AFLO)
【追悼ハルク・ホーガン】無名のミュージシャンが「プロレスラーになりたい」と長州力を訪問 最大の転機となったアントニオ猪木との出会い
週刊ポスト
野生のヒグマの恐怖を対峙したハンターが語った(左の写真はサンプルです)
「奴らは6発撃っても死なない」「猟犬もビクビクと震え上がった」クレームを入れる人が知らない“北海道のヒグマの恐ろしさ”《対峙したハンターが語る熊恐怖体験》
NEWSポストセブン
大谷が購入したハワイの別荘に関する訴訟があった(共同通信)
「オオタニは代理人を盾に…」黒塗りの訴状に記された“大谷翔平ビジネスのリアル”…ハワイ25億円別荘の訴訟騒動、前々からあった“不吉な予兆”
NEWSポストセブン
話題を集めた佳子さま着用の水玉ワンピース(写真/共同通信社)
《夏らしくてとても爽やかとSNSで絶賛》佳子さま“何年も同じ水玉ワンピースを着回し”で体現する「皇室の伝統的な精神」
週刊ポスト
ヒグマの親子のイメージ(時事通信)
《駆除個体は名物熊“岩尾別の母さん”》地元で評判の「大人しいクマ」が人を襲ったワケ「現場は“アリの巣が沢山出来る”ヒヤリハット地点だった」【羅臼岳ヒグマ死亡事故】
NEWSポストセブン
真美子さんが信頼を寄せる大谷翔平の代理人・ネズ・バレロ氏(時事通信)
《“訴訟でモヤモヤ”の真美子さん》スゴ腕代理人・バレロ氏に寄せる“全幅の信頼”「スイートルームにも家族で同伴」【大谷翔平のハワイ別荘訴訟騒動】
NEWSポストセブン
中居正広氏の騒動はどこに帰着するのか
《中居正広氏のトラブル事案はなぜ刑事事件にならないのか》示談内容に「刑事告訴しない」条項が盛り込まれている可能性も 示談破棄なら状況変化も
週刊ポスト