地上げ紛いの開発に疲れ、罪悪感を募らせる青子に、一ノ瀬は言う。〈ここにくるお客様の罪で、僕は生きているんです〉〈必ずしも正当な手段でお金を得たとは思えないお客様もいらっしゃいます〉〈こちらも商売なんです〉〈あなたの罪は間違いなく僕の罪でもある〉……。
カネで時間やモノを買い、信頼すらやり取りする経済関係も立派な人間関係だと、一ノ瀬の鮨や、ミキが客に向ける〈嘘っぱち〉ゆえに神々しい笑顔は気づかせてくれる。渦中にいた者には見えないものが、81年生まれの柚木氏には見えるのだ。
「半径10メートルの心の繋がりを大事にして等身大で生きる人が、お金を無駄遣いしてでも外連味たっぷりに生きた人より高尚なんてことは絶対ない。『今はすぐネットで叩かれるし、何もしない方が賢い』という人が私はとにかく嫌いで、いろんなお金が回り回って世の中を動かした時代に、良くも悪くもワクワクするんです」
経済という金銭を介した共犯関係に、彼らは自覚的だからこそ官能的たりえた。小さな鮨の向こうに、人と人が関わる原風景すら描き得てしまう稀有の才能を、ぜひこの機会にご堪能あれ。
【著者プロフィール】柚木麻子(ゆずき・あさこ):1981年東京都生まれ。恵泉女学園中高から立教大学文学部仏文科卒。菓子メーカーに就職後、派遣社員等を経て、2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞。同作所収の『終点のあの子』で注目され、『嘆きの美女』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くんAtoE』等話題作多数。「昔から池波正太郎さんや向田邦子さんの食の描写が好きで、これは岡本かの子さんの短編『鮨』が元ネタみたいな感じです」。165cm、A型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2014年2月14日号