芸能

おやじの背中 ボクサー満島ひかりの運動神経に女性作家驚愕

 近年のドラマファンは目が肥える一方だ。録画視聴、ネット掲示板、あらゆる情報が交錯するなかで評価を下す。制作側も小手先では誤魔化せなくなりつつある。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が今回取り上げるのは、TBSの大型企画だ。

 * * *
 視聴率が伸び悩んでいる夏ドラマ。不作などと言われていますが、録画での視聴も増えている今。「視聴者離れ」と判断するのは早計でしょう。むしろ、ドラマの世界の中にいろいろなチャレンジが生まれてきていることに注目したい。例えば、日曜劇場『おやじの背中』(TBS午後9時)。

 これは見物です。なぜなら、毎回、「比較視聴」を存分に楽しむことができるから。全10回が、1話完結のオムニバス形式。テーマ「おやじの背中」のみ共通する以外は、脚本家・出演者・演出家、すべて変わっていく。

 すでに3話まで放映されましたが、役者陣も豪華絢爛。「おやじ」の役に田村正和、役所広司、西田敏行が登場。それぞれ、まったく違う「おやじ像」を見せてくれました。脚本家のラインナップは池端俊策、井上由美子、岡田恵和、鎌田敏夫、木皿泉、倉本聰、坂元裕二、橋部敦子、三谷幸喜、山田太一。10名の書き手の世界観を見比べることができるのです。その意味で、ユニークなエンタテインメント。

 すでに放送された3本のドラマをちょっと比較してみると……。

 役者から新しい身体力を引き出した、という意味で最もスリリングだったのが、第2話の「ウエディング・マッチ」(脚本・坂元裕二)。役所広司と満島ひかりの父娘は、元プロボクサーと、そのスパルタ教育を受けてオリンピックを目指してきた娘。驚愕だったのは満島ひかりの身体感覚、運動神経です。

 ボクサー役はヘタにマネをすると、腕だけをブンブン振り回すスタイルになる。上半身と下半身の動きがバラバラになり、いかにも素人くさいボクサーになる。あまりにウソっぽいスタイルはそれだけでドラマに感情移入することの妨げになる。しかし、満島ひかりは違いました。下半身が安定し腰が入り、構えがさまになっている。繰り出すパンチに体重がちゃんと乗っている。役者の「知られざる身体力」がドラマの中で鮮やかに浮き彫りになりました。発見の楽しさがありました。

 一方、「未知の老人力」を発見できたのが第3話の「なごり雪」。さすが、老脚本家・倉本聰にしか描けないドラマ世界。長年生きてきた経験の厚みがディテイルの描写となり、しっかりとドラマの中に書き込まれ、それが説得力につながっていました。

 老いたワンマン社長を演じた西田敏行。妻へ贈る品は、漆塗りの箱に西陣織の布、紫綬褒章ならぬ「白綬褒章」のメダル。シーメンスの補聴器が必要になってきた耳の遠い社長は、ある時ぷいと姿を消す。老いた友達を演じた小林稔待も、実に味わい深かった。「うん、うん」としか反応せず、まるで人の話を聞き流しているように見える、元刑事。登場人物たちの「老いの姿」の中に、脚本家の確かな観察力と眼力を感じました。

 ストーリーは、若い世代と老人とのすれ違い。老人の尊厳と、それを見下す世代。ズレ、かみあわなさ。両者の間に漂う微妙な違和感。重層的な人間関係を丁寧に描き出すことによって、奥行きのあるドラマが生まれる。ふっと笑いが漏れるコミカルなドラマツルギーが立ち上がってくる。何よりも倉本脚本は、「老人ドラマ」「R-60」といった新カテゴリーがドラマとして今、確かに成り立つのだ、上質のエンタテインメントになりうるのだ、ということを教えてくれました。

 さて、私にとって一番見所がつかめなかったのは……第1話「圭さんと瞳子さん」(岡田恵和脚本)。田村正和と松たか子が、妻を亡くした父と、母を亡くした娘を演じたのですが。互いに「さん」づけで呼びあい、一緒にため息をつき、手をつないで散歩する。妙に密着した親子。いくら何でもそんなベタベタした父と娘がいるだろうか。「互いに依存し離れられない関係」を描くにしても、違和感はぬぐえませんでした。

 映画好きなら誰でも知っています。この「妻に先立たれた初老の父と、娘」という設定は小津安二郎監督のテーマ。「東京物語」「麦秋」「彼岸花」「晩春」「秋刀魚の味」……何本もの映画で繰り返しそのテーマは描かれてきました。もしかしたらこの脚本家も、小津映画へのトリビュートのつもりでドラマを書いたのかもしれません。たしかにドラマの中にわざわざ「小津」という台詞が出てきましたし。

 しかし、もしそうであれば、このドラマは小津映画の親子の距離感とあまりにかけ離れていた、と言わざるを得ない。田村正和演じる父は、人前で娘を褒めちぎる。滔々と娘の好みを説明する。べっとりねっとりとした依存関係。残念ながら、小津映画が家族を通して描こうとしてきた「遠慮深さ」や「慎み深さ」「距離感」とは対極にある親子関係にしか見えませんでした。

 まあ、好きなドラマは人それぞれ。だからこそ、毎回違いが比較できるオムニバスドラマが面白い。自分の好みも、はっきりとわかってくる。次回第4話は脚本・鎌田敏夫、父は渡瀬恒彦、息子は中村勘九郎。さあ、「比較視聴」の醍醐味をこれからも堪能していきましょう。

関連記事

トピックス

吉野家が異物混入を認め謝罪した(時事通信、右は吉野家提供)
《吉野家で異物混入》黄ばんだ“謎の白い物体”が湯呑みに付着、店員からは「湯呑みを取り上げられて…」運営元は事実を認めて「現物残っておらず原因特定に至らない」「衛生管理の徹底を実施する」と回答
NEWSポストセブン
大東さんが掃除をしていた王将本社ビル前の様子(写真/時事通信フォト
《「餃子の王将」社長射殺事件の初公判》無罪主張の田中幸雄被告は「大きなシノギもなかった」「陽気な性格」というエピソードも…「“決して”犯人ではありません」今後は黙秘貫くか
NEWSポストセブン
小磯の鼻を散策された上皇ご夫妻(2025年10月。読者提供)
美智子さまの大腿骨手術を担当した医師が収賄容疑で逮捕 家のローンは返済中、子供たちは私大医学部へ進学、それでもお金に困っている様子はなく…名医の隠された素顔
女性セブン
英放送局・BBCのスポーツキャスターであるエマ・ルイーズ・ジョーンズ(Instagramより)
《英・BBCキャスターの“穴のあいた恥ずかしい服”投稿》それでも「セクハラに毅然とした態度」で確固たる地位築く
NEWSポストセブン
北朝鮮の金正恩総書記(右)の後継候補とされる娘のジュエ氏(写真/朝鮮通信=時事)
北朝鮮・金正恩氏の後継候補である娘・ジュエ氏、漢字表記「主愛」が改名されている可能性を専門家が指摘 “革命の血統”の後継者として与えられる可能性が高い文字とは
週刊ポスト
箱わなによるクマ捕獲をためらうエリアも(時事通信フォト)
「箱わなで無差別に獲るなんて、クマの命を尊重しないやり方」北海道・知床で唱えられる“クマ保護”の主張 町によって価値観の違いも【揺れる現場ルポ】
週刊ポスト
火災発生後、室内から見たリアルな状況(FBより)
《やっと授かった乳児も犠牲に…》「“家”という名の煉獄に閉じ込められた」九死に一生を得た住民が回想する、絶望の光景【香港マンション火災】
NEWSポストセブン
11月24日0時半ごろ、東京都足立区梅島の国道でひき逃げ事故が発生した(右/読者提供)
【足立区11人死傷】「ドーンという音で3メートル吹き飛んだ」“ブレーキ痕なき事故”の生々しい目撃談、28歳被害女性は「とても、とても親切な人だった」と同居人語る
NEWSポストセブン
「アスレジャー」の服装でディズニーワールドを訪れた女性が物議に(時事通信フォト、TikTokより)
《米・ディズニーではトラブルに》公共の場で“タイトなレギンス”を普段使いする女性に賛否…“なぜ局部の形が丸見えな服を着るのか” 米セレブを中心にトレンド化する「アスレジャー」とは
NEWSポストセブン
「高市答弁」に関する大新聞の報じ方に疑問の声が噴出(時事通信フォト)
《消された「認定なら武力行使も」の文字》朝日新聞が高市首相答弁報道を“しれっと修正”疑惑 日中問題の火種になっても訂正記事を出さない姿勢に疑問噴出
週刊ポスト
ラオスへの公式訪問を終えた愛子さま(2025年11月、ラオス。撮影/横田紋子)
《愛子さまがラオスを訪問》熱心なご準備の成果が発揮された、国家主席への“とっさの回答” 自然体で飾らぬ姿は現地の人々の感動を呼んだ 
女性セブン
山上徹也被告(共同通信社)
「金の無心をする時にのみ連絡」「断ると腕にしがみついて…」山上徹也被告の妹が証言した“母へのリアルな感情”と“家庭への絶望”【安倍元首相銃撃事件・公判】
NEWSポストセブン