まず気になったのが壁にあく〈小さな穴〉だ。〈画鋲を刺した痕だろうか?〉とアオシマさんに確かめると、簡単に直せるという。が、次こそ失敗したくないキヨコは彼が管理人室に戻った後も部屋に残って減点箇所を探し、避難経路の確認に行った彼女は非常口らしき〈鉄の扉〉を発見。まさかそこに悪夢が待つとも知らず、そのノブを回す。
このキヨコの悲劇が後の5編や解説とも一繋がりの物語を成す構成はおそらく本邦初。『フジコ』でも端書きや後書きが大役を担ったように、最後の一文字まで読まないと読んだことにならないのが真梨作品なのだ。
「私自身、巻末の既刊紹介から何から隅々まで読みますし、時々本編と全く関係ない解説があると、たぶん人間関係で引き受けちゃったのかなとか、勝手に舞台裏を想像したりして(笑い)。
解説でも何でも1冊の本を丸々全部使って、楽しめばいいと思うんです。私は映画畑出身だからか、小説の世界ってしきたりに縛られすぎている気がする。
例えばお化け屋敷って、恐いのに何かが可笑しいでしょう。まさに私の小説の目標がこのお化け屋敷で、本書や『フジコ』でやったことは小説では斬新でも、映画の世界では特に新しくもないんですね。実話を装いつつ大嘘が展開するとか、エンドロールの後のシーンでNG集が出るとか、そんなことを、小説でもやってみたい!(笑い)」
続く「棚」の主人公は、荷造りも終わり、引っ越し業者を待つ間、玄関の造り付け棚の存在を忘れていたことに気づいた〈ナオコ〉。慌てて段ボールを調達に行ったコンビニで欲しくもない〈デラックス肉まん〉を4つも買わされた優柔不断な彼女は、増える一方の不用品をその棚に押し込んできたのだ。〈床には、三つの山ができていた〉〈捨てるもの、新居に運ぶもの、そして保留〉〈圧倒的に大きく高いのは、保留の山だった〉
例えば亡き母の入れ歯や、彼女がイラストレーターとして初めて挿画を手がけたある作家の小説、謎の男の絵等々。荷造りの最中、つい懐かしさに手が止まる経験なら誰しも覚えがあるが、それらが物語る過去は懐かしいどころか、寧ろおぞましく、ナオコが引っ越しを重ねる度に何を捨ててきたか、背筋が凍ること必至だ。