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2015.06.09 07:00  週刊ポスト

国宝指定間近の松江城 至る所に残る様々な工夫や仕掛け紹介

松江城を訪れた元フジテレビの宮瀬茉祐子アナ

 2年前、式年遷宮で沸いた出雲大社から車で1時間。約400年前に築城された島根県の松江城天守が、国宝に指定されることとなった(決定は7月頃)。千鳥が羽を広げたように見える見事な三角屋根の破風を持つことから「千鳥城」とも呼ばれる美しい佇まいの城だ。

 全国に創建時の姿を残している天守はわずか12。そのうちの一つである松江城の天守は、1階の床面積が姫路城に次ぐ2番目の規模で、高さは姫路城、松本城に次ぎ3番目。今回、ナビゲーターを務めた元フジテレビ・アナウンサーの宮瀬茉祐子さんは、天守前面の附櫓鉄扉に触れながら話す。

「この扉は鉄板で覆われてとても頑丈な造りですね。入口から防備の意識が高く、松江城が実戦本意の城だったというのが伝わってきます」

 平成24年に慶長16年創建を裏付ける2枚の祈祷札が発見されたことから天守の完成時期が確定し、国宝指定への流れが一気に加速した。松江市・松江城国宝化推進室の山本盛治氏が解説する。

「昭和12年以降、所在不明だった祈祷札が二の丸にある松江神社で発見されたのです。さらに天守を調査した結果、地階の2本の柱に札を打ち付けた跡が見つかり、札のあった場所も判明しました」

 2階分を貫く通し柱が至る所に配置されているのが松江城の大きな特徴で、祈祷札の跡が発見されたのも地階から1階間を貫く通し柱の地階部分だった。

「創建者の堀尾吉晴が5年の歳月をかけて松江城を築いたのは、関ヶ原の戦いで徳川家康が勝利してから間もなくのこと。戦乱が収まったとはいえない時期だったため、城の随所に軍事的工夫が見られます。謎の一つが、3階に設けられた屋根に通じる扉。敵を足止めするため、隠し部屋があるかのように見せかけたのではないかとの推測もありますが、用途は不明です」(山本氏)

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