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2015.06.28 16:00  週刊ポスト

【著者に訊け】中島京子氏 介護体験描く小説『長いお別れ』

 むしろ本書を読むと言葉と思いがすれ違わないことの方が奇跡に思えてくる。例えば4話「フレンズ」で大学以来の親友〈中村先生〉の通夜に参列した時のこと。菜奈にはとても中村の死を理解しているとは思えない父の言動を、旧友らは自在な解釈や推理で捻じ曲げ、友を悼む会話が見事に成立してしまうから可笑しい。

「父も相槌が妙に巧いというか、聞き上手だったんです。笑っちゃうのは昔からお喋りなお友達がいらした時に、その人が一方的に喋って父は聞き役に回り、なんだ、昔と全然変わらないよって言って帰って行った(笑い)。

 でも私たちだって他人の話を聞きたいように解釈し、自分勝手な文脈を発明しながら会話してますもんね。認知症の家族を持つことは確かに大変で切ないけれど、人間の無意識を逆照射される部分もあって、私には興味深かったかも」

 曜子は思う。〈言葉は失われた。記憶も。知性の大部分も〉〈夫は妻が近くにいないと不安そうに探す。不愉快なことがあれば、目で訴えてくる。何が変わってしまったというのだろう〉

 妻や娘、家族という言葉は忘れてしまっても彼らは家族であり続け、その繋がりは昨今殊更に強調される〈絆〉とは明らかに異なる。

「アハハ。もちろん震災婚でも何でも、うまく行けばいいんですよ。ただこれみよがしに謳う絆が本当に人と人を繋ぐとは思えないし、言葉はなくても思いが通うことはある。どんなに妄想や過去への回帰が進んでも、最も近くにいる母への親近感や現実感が失われることはなかったし、父は最期まで父だったという確信が、家族にはあるんです」

 愛する人や時間との別れを、東家の人々は徒(いたずら)に嘆くことなくあるがまま慈しむ。そして中島氏もまた解釈よりは出来事を、正解よりは他の誰でもないお父さんの〈QOL〉を巡って彼女たちが費やした時間や生活を丹念に、そして淡々と描くのだ。

【著者プロフィール】中島京子(なかじま・きょうこ):1964年3月東京生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒。出版社勤務を経て渡米し、シアトルで教育実習。帰国後ライターとなり『だいじなことはみんなアメリカの小学校に教わった』(文庫『ココ・マッカリーナの机』)を上梓。2003年『FUTON』で小説デビュー。2010年『小さいおうち』で直木賞(後に映画化)。2014年『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花賞。2015年『かたづの!』で河合隼雄物語賞。他に『イトウの恋』『平成大家族』等。156cm、A型。

(構成/橋本紀子)

※週刊ポスト2015年7月3日号

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