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【著者に訊け】中島京子氏 介護体験描く小説『長いお別れ』

【著者に訊け】中島京子氏/『長いお別れ』/文藝春秋/1550円+税

 デビュー作『FUTON』、直木賞受賞作『小さいおうち』等、中島京子作品には新旧、幾つもの「時間」が、大切に閉じ込められている。最新作『長いお別れ』は、英訳でロング・グッドバイ。〈少しずつ記憶を失くして、ゆっくりゆっくり遠ざかって行く〉認知症を、アメリカではこう表現するらしい。

「そう。チャンドラーだけじゃないんですよね。私も一昨年、認知症の実父と10年目に死別したので、なるほど、その通りだなあって」

 父〈昇平〉がアルツハイマー型認知症と診断されてからの10年間。老夫婦と3人の娘とその家族の日常を、計8編の連作に切り取る。冒頭「全地球測位システム」は、東京郊外の東家に姉妹が久々に揃った父の誕生会でのこと。

 そこでお金の話が出るかもしれないからと、母〈曜子〉は3人を呼びつけ、次女〈菜奈〉は8歳の〈将太〉を連れて、フードコーディネーターで独身の三女〈芙美〉は料理持参で、長女〈茉莉〉は夫の赴任先の米西海岸からわざわざ駆けつけた。が、父は特に大事な話もせず、手土産のタルトやチョコの包み紙を古い〈泉屋のクッキーの缶〉に仕舞いながらこう呟くのだ。〈こういう良いものはね、みんな取っておく〉と―。

 失われゆく記憶と、それらを形に留める幾多のモノたち。彼や彼女らにとって、本当に良いものとはなに?

「物を溜めこむのは認知症の典型的症状らしいですね。一昨年亡くなった私の父も煙草の空箱とか喫茶店のお砂糖なんかをやたら集めていて、私たちが捨てようとすると『こんなに大事なものを』って怒るんです。

 父の思いの真相はわかりませんが、父が記憶や言葉を失っていく過程では結構笑っちゃう話も多くて(笑い)。私たち家族にとってはそれも日常ですから、そういう面白い出来事もたくさんある長いお別れを、できれば明るく書いてみたかった」

 昇平は元中学の国語教師。校長職や図書館長を歴任し、週1回通うデイサービスの漢字テストがお気に入りの彼は、孫の前で〈蟋蟀(こおろぎ)〉等難しい漢字を書いて見せ、〈永久名人〉と呼ばれたりした。

 が、その少年がカリフォルニアの海洋研究所に出向中の〈今村〉と茉莉の息子〈潤〉や〈崇〉であることや、茉莉が長女であることも、昇平には覚束ない。誕生日に3人が贈ったGPS付携帯電話も、句会から帰れなくなった父の所在を〈赤い点〉が示しはしても、彼が後楽園で出会った幼い姉妹と仲良くメリーゴーランドに乗っていたことまでは、教えてくれないのだ。

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