だが、1990年頃から少しずつ歯車が狂い始めた。メディアは黒川を消費し尽くし、代わって安藤忠雄ら新たに台頭した世代に注目し、クライアントも建築界の覇者を敬遠し始めた。その一方、黒川自身は拝金主義の蔓延に義憤を募らせていった。
そして、2007年、都知事選と参院選に出馬する。実は「文化と経済の共生」など未来のあり方について重要な問題提起をしていたのだが、派手で奇矯なパフォーマンスばかりがメディアに注目された。そこにはドン・キホーテの滑稽と哀しみと狂気が漂っていた。その頃、ガンに冒され、手術も受けていた黒川は、その身に「腹を横に切るための短刀」を忍ばせていたという……。
本書は、関係者に詳細なインタビューを行い、膨大な参考文献を読み込み、黒川の怒濤の人生を豊富なエピソードで辿る。同時に作品は、見事な戦後社会文化史になっている。
また、相手が自分に同意するまで絶対に引かない、「警察より雇い主である俺の言うことを聞け」と運転手に信号無視を命じる、地位の高い人間と親しいことをいつも仄めかし、「これからプーチンに会う」などと言う……自信家で、傲慢で、自分勝手だが、愛嬌があって、どこか憎めない。そんな魅力的なキャラクターも生き生きと描かれている。
600ページ超のボリュームだが、内容が面白く、文章も平明かつテンポがいいため、一気に読ませられる。著者の力量を窺わせる大作にして傑作である。
※SAPIO2015年8月号