筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、神経が死滅して筋力が低下する難病だ。神経は興奮することで、情報を次の細胞に伝達する。グルタミン酸は、神経を興奮させる重要な神経伝達物質で、前の運動ニューロンが放出したグルタミン酸を次のニューロンの受容体が受け取り、興奮することにより伝達される。東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センターの郭伸客員研究員に聞いた。
「私が孤発性(こはつせい)のALS患者の凍結脊髄(せきずい)検体を数十例ほど調べたところ、その全例で運動ニューロンのグルタミン酸受容体が同じ量のグルタミン酸に対して過剰に興奮するよう機能が変化している証拠を得ました。この変化は、ADAR2というRNA(リボ核酸)を修飾する酵素の発現が低下することで生じていることがわかりました。
これはALS以外に見られず、また、同様の分子異常をもつモデルマウスが、ALS同様の病的症状を出すことから、ALSの原因である可能性が高いと思いました」
ALSの原因がADAR2の発現低下であれば、外から補うことで機能回復も可能だ。そこでADAR2遺伝子を持たないマウスに対し、遺伝子治療が実施された。アデノ随伴(ずいはん)ウイルスベクター(運び屋)に、ADAR2遺伝子を載せたものをマウスに注射した。
その結果、運動ニューロンの受容体機能が正常化し、神経細胞の死滅が見られなくなった。ALSのモデルマウスに、この治療は極めて有効だった。遺伝子治療によって、受容体機能を正常化するに足るレベルのADAR2が発現し、神経細胞が死滅しないのであれば、ALS患者にも同様の遺伝子治療が有効ということになる。
受容体の生成は、脳の中で行なわれている。ALSでは、脳幹から脊髄に及ぶ広い範囲の運動ニューロンが死滅するので、すべての運動ニューロンに遺伝子を届ける必要がある。そのためには、血管経由でベクターを送り込むことが効率的だ。しかし、脳は有害物質が簡単に中に入らないように、脳の入り口に血液脳関門を設けている。ここで特定の物質だけを選択して通すことで、神経細胞を有害物質から守っているのだ。