資料となる本や雑誌が整然と収納されている自宅1階の執筆部屋


「1億2億じゃなく、11億という巨額にあるファンタジーを、根津は切実な渇きに突き動かされて盗んだんです。

 前年の昭和40年には銀行や政治家の間で30億もの裏金が動いた吹原産業事件が起きていて、ジェームズ・ボンドの盗聴シーンをヒントに小型録音器を車に仕掛けた彼は、足のつかない金の受け渡しを知ったことで犯行を計画する。彼は『007』を観なければ罪を犯さなかったともいえる。昭和なら昭和の知に感覚すら左右され、常に制度化されるのが人間なんです」

 そのとき仲間に選んだのが疎開先で出会った〈岩武〉と〈宮森〉と〈川久保〉だ。縁故疎開は追跡が難しく、警察も4人の共犯を立証できない中、根津は飲食、岩武は芸能、宮森は旅行業で成功。また何者かに襲われ、半身不随となった川久保は教師を辞めて人気作家となるなど、彼らの姿は焦土から発展を遂げた東京とも重なる。

「中でも根津は戦前の軍国主義にも、戦後の民主主義にも疎外感を抱えるデラシネ(根無し草)で、成功して居酒屋チェーンを築くけど、原資は犬と女を殺して盗んだ金なんだよね。その足元の脆さは戦後日本の脆弱さと重なる。敗戦後、民主主義や経済至上主義に一転して飛びついた空虚な繁栄に抵抗を覚えるのは彼だけではない。

 俺の場合は母親と折り合いが悪く、16で東京に出て以来、ずっと居場所がなかった。社会的にはソツなく生活しながら常に不適合な自分を持て余してきたんだよね。そんな戦後文学にも通じるザラザラ感を創作にぶつけてきた部分もあるし、恋愛小説を書いてもユーモア小説を書いても、根底には常に諦念があった。

 俺は自分を『後ろ向きな楽天家』と呼んでるんだけど、人間や世界の不条理に対する虚無感を前提に、違和感や懐疑を持つことで20世紀の知に制度化された自分からの脱出を試みる。時代の刷り込みから完全に抜け出すのは難しいけど、想像することはできますから」

「社交的な引きこもり」を自認する作家は軽井沢で資料に埋もれ、法やモラルを超えた人間の真実に思いを馳せる。戦争体験の有無にかかわらず、何かに飢え、渇望する者に応える文学が、ハードボイルドだと信じて。

◆藤田宜永(ふじた・よしなが):1950年福井県生まれ。1986年に『野望のラビリンス』でデビュー。1995年『鋼鉄の騎士』で日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞特別賞をダブル受賞し、2001年に『愛の領分』で第125回直木賞を受賞。

撮影■樂滿直城 取材・文■橋本紀子

※週刊ポスト2015年9月4日号

トピックス

2025年11月、ホーコン王太子とメッテ=マリット妃
《彼女は17歳だよ。きっと楽しいと思う》ノルウェー王室激震、エプスタイン元被告と次期王妃の“黒塗り”メール――息子マリウスは“性的暴行”裁判渦中 
NEWSポストセブン
現地では大きな問題に(時事通信フォト)
《トゥクトゥク後部座席での行為にタイ現地の人々が激怒》フランス人観光客の“公開露出”に目撃者は「丸見えだった」 入国ブラックリストに
NEWSポストセブン
父・落合信彦氏の葬儀で喪主を務めた落合陽一氏
「落合信彦の息子という記述を消し続ける時代があった」落合陽一氏が明かした、父について語り始めた理由“人の真価は亡くなった時に分かる”【インタビュー】
NEWSポストセブン
本来であれば、このオフは完成した別荘で過ごせるはずだった大谷翔平(写真/アフロ)
《大谷翔平のハワイ訴訟問題》原告は徹底抗戦、大谷サイドの棄却申し立てに証拠開示を要求 大谷の“ギャラなどの契約内容”“資産運用の内幕”が晒される可能性も浮上 
女性セブン
表舞台から姿を消して約1年が経つ中居正広
《キャップ脱いだ白髪交じりの黒髪に…》「引退」語った中居正広氏、水面下で応じていた滝沢秀明氏からの“特別オファー” 
NEWSポストセブン
菅直人・元首相(時事通信)
《認知症公表の菅直人・元総理の現在》「俺は全然変わってないんだよ」本人が語った“現在の生活” 昼から瓶ビール、夜は夫婦で芋焼酎4合の生活「お酒が飲める病気でよかった」
NEWSポストセブン
弾圧されるウイグルの人々(日本ウイグル協会提供)
【中国・ウイグル問題】「子宮内避妊具を装着」「強制的に卵管を縛る…」中国共産党が推進する同化政策・強制不妊の実態とは…日本ウイグル協会・会長が訴え
NEWSポストセブン
大場克則さん(61)(撮影/山口比佐夫)
《JC・JK流行語大賞は61歳》SNSでバズる“江戸走り”大場さんの正体は、元大手企業勤務の“ガチ技術者”だった
NEWSポストセブン
中村獅童と竹内結子さん(時事通信フォト)
《一日として忘れたことはありません》中村獅童、歌舞伎役者にならなかった「竹内結子さんとの愛息」への想い【博多座で親子共演】
NEWSポストセブン
週末にA子さんのマンションに通う垂秀夫氏
垂秀夫・前駐中国大使が中国出身女性と“二重生活”疑惑 女性は「ただの友達」と説明も、子供を含む3ショット写真が本物であることは否定せず 現役外交官時代からの関係か
週刊ポスト
青木淳子被告(66)が日記に綴っていたという齋藤受刑者(52)との夜の情事を語ったのはなぜなのか
《不倫情事日記を法廷で読み上げ》「今日は恥ずかしいです」共謀男性社長(52)との愛人関係をあえて主張した青木淳子被告(66)が見せていた“羞恥の表情”【住職練炭殺人・懲役25年】
NEWSポストセブン
六代目山口組の司忍組長も流出の被害にあった過去が(時事通信フォト)
《六代目山口組・司忍組長の誕生日会》かつては「ご祝儀1億円」の時代も…元“極道の妻”が語る代替わりのXデー