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2015.08.27 11:00  週刊ポスト

藤田宜永氏 長編『血の弔旗』を書き上げた資料山積の仕事場

資料となる本や雑誌が整然と収納されている自宅1階の執筆部屋


「1億2億じゃなく、11億という巨額にあるファンタジーを、根津は切実な渇きに突き動かされて盗んだんです。

 前年の昭和40年には銀行や政治家の間で30億もの裏金が動いた吹原産業事件が起きていて、ジェームズ・ボンドの盗聴シーンをヒントに小型録音器を車に仕掛けた彼は、足のつかない金の受け渡しを知ったことで犯行を計画する。彼は『007』を観なければ罪を犯さなかったともいえる。昭和なら昭和の知に感覚すら左右され、常に制度化されるのが人間なんです」

 そのとき仲間に選んだのが疎開先で出会った〈岩武〉と〈宮森〉と〈川久保〉だ。縁故疎開は追跡が難しく、警察も4人の共犯を立証できない中、根津は飲食、岩武は芸能、宮森は旅行業で成功。また何者かに襲われ、半身不随となった川久保は教師を辞めて人気作家となるなど、彼らの姿は焦土から発展を遂げた東京とも重なる。

「中でも根津は戦前の軍国主義にも、戦後の民主主義にも疎外感を抱えるデラシネ(根無し草)で、成功して居酒屋チェーンを築くけど、原資は犬と女を殺して盗んだ金なんだよね。その足元の脆さは戦後日本の脆弱さと重なる。敗戦後、民主主義や経済至上主義に一転して飛びついた空虚な繁栄に抵抗を覚えるのは彼だけではない。

 俺の場合は母親と折り合いが悪く、16で東京に出て以来、ずっと居場所がなかった。社会的にはソツなく生活しながら常に不適合な自分を持て余してきたんだよね。そんな戦後文学にも通じるザラザラ感を創作にぶつけてきた部分もあるし、恋愛小説を書いてもユーモア小説を書いても、根底には常に諦念があった。

 俺は自分を『後ろ向きな楽天家』と呼んでるんだけど、人間や世界の不条理に対する虚無感を前提に、違和感や懐疑を持つことで20世紀の知に制度化された自分からの脱出を試みる。時代の刷り込みから完全に抜け出すのは難しいけど、想像することはできますから」

「社交的な引きこもり」を自認する作家は軽井沢で資料に埋もれ、法やモラルを超えた人間の真実に思いを馳せる。戦争体験の有無にかかわらず、何かに飢え、渇望する者に応える文学が、ハードボイルドだと信じて。

◆藤田宜永(ふじた・よしなが):1950年福井県生まれ。1986年に『野望のラビリンス』でデビュー。1995年『鋼鉄の騎士』で日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞特別賞をダブル受賞し、2001年に『愛の領分』で第125回直木賞を受賞。

撮影■樂滿直城 取材・文■橋本紀子

※週刊ポスト2015年9月4日号

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