3年前に初めて新聞を読んだ息子が、世界最高レベルの大学をめざすなんて言い始めたのだから、「青天の霹靂」以外の何ものでもないはずだったが、母と姉は心から応援した。敏博さんは卒業までトータル2000万円に及ぶ学費を「未来への投資」と支援してくれた。
コミュニティーカレッジに入学するために現地の語学学校に通うことにしたが、琢也さんの英語力は英検4級以下。「goの過去形がwentか」「somethingってどういう意味だっけ」 と言うほど頼りなかった。
現地に到着後、ホストファミリーの言葉がほとんどわからなかったが、まずは初歩的な単語を暗記して文法の基本を学び直した。
ある記憶理論によると、人間は覚えたことを20分後に42%忘れ、1日後に74%忘れるという。琢也さんは単語本1ページ以上を暗記し、20分後、1時間後に復習するという暗記法を毎日続けた。
リスニングは著名人のプレゼン番組『TEDトーク』を何度も見て訓練し、ベトナム系学生にライティングを特訓してもらった。2年間、1日10時間以上の勉強を毎日続け、英語力をメキメキ向上させた。当時、逆境にめげなかった心境を琢也さんが振り返る。
「迷惑をかけた家族に恩返しをしたいという気持ちが強かった。それに24才といえば日本では立派な社会人。この年齢で渡米して簡単には帰国できないという危機感もあり、必死で勉強しました。中学時代に不良を経験して気合が入っているので、やると決めたらやるんです(笑い)」
語学学校、そしてコミュニティーカレッジでの死にものぐるいの努力が実り、なんとかUCバークレーに編入できる条件をクリアした。コミュニティーカレッジからバークレーへ入学する最後の難関はこれまでの実績と目標などを記す文章「パーソナルステートメント」だった。なかでも自己アピールの内容が合否を分けるとされた。
琢也さんは数日の間、何を訴えるべきか自問自答し、自分の素直な気持ちを確かめた。 そして《ぼくは全力で頑張る意欲を家族からもらいました》との一節から始まる文章を認めた。仲間外れにされて不良になった自分を見捨てず、常にサポートしてくれた家族への感謝を綴り、こう締めくくった。
《ぼくは、家族の愛と信頼を感じて、ここまで生きてきました。成功を掴み、家族を経済的に支えるために、ぼくはこの機会を掴みたい。(略)大学で勉強し、ぼくのゴールを達成した暁には、家族を援助し、支えるために、人生を捧げたいと願っています》
合格発表の日、琢也さんが国際電話で結果を告げると、敏博さんの声が上ずった。
「すごいじゃないか! 奇跡起きたな! おい、母さん、母さん、すごいぞ!」
これほど興奮する父の声を聞くのは初めてだった。まさに家族がひとつとなって勝ち取った合格だった。
今年5月にUCバークレーを卒業した琢也さんは現在、日本最大のビジネススクール「グロービス」で働く。崩壊寸前の家族を経験し、再生した家族に生きる力を与えられた琢也さんは今年、アメリカで知り合った女性と結婚した。新たな家族の物語がこれからも続く。
※女性セブン2015年12月24日号