これらのキャスティングは、制作側が安田さんの強烈な個性に気づいて、使い方を心得てきたからではないでしょうか。安田さんは端整な顔立ちながら、どこか抑圧されたような暗く影のある佇まい、真剣な表情になるほど「何かやらかしてくれるんじゃないか」という期待感、期待を裏切らないサービス精神を持ち合わせた稀有な存在。「普通の人」「いいヤツ」だけを演じさせていたらもったいない俳優なのです。
怪演が目立つ俳優で比べるなら、香川照之さんが「ブンブン鳴いて威圧しながら近づいて刺しにくるハチ」で、安田さんが「何気なく近づいてきていつの間にか刺されているアブ」。ハチに刺されると痛いけど、アブに刺されるとかゆくなる。つまり、アブはハチほど危険ではないけど、不気味で傷跡がクセになるというイメージ。ハチの派手な黄色と、アブのくすんだ黒色の対比も含め、それぞれ2人の醸し出すムードにピッタリです。
安田さんの演技に関して、もう1つ見逃せない変化があります。それは現在放送中のCM『ドラゴンクエストモンスターズ スーパーライト』で、りゅうおう役の北大路欣也さんとともに “ラスボス”の象徴であるハーゴン役を演じているような、“ラスボス”としての出演が増えていること。その理由は、「まだまだ余力を残していそう」「本気を出したらどうなるんだろう……」と思わせる含みを残した演技によるものではないでしょうか。何かを悟ったような表情、低く落ち着いたトーンの声、静かな身のこなし、自己主張のない発言などが、底知れない潜在能力を感じさせます。
それでいて、普段はダメ人間のムードも漂わせている安田さんは、まさに男性の好きな「最強説」にあてはまる人物像。「演技最強説」「面白さ最強説」「爆発力最強説」など、さまざまな妄想を楽しませてくれるのも魅力の1つです。『HK 変態仮面』のような爆笑作から、『下町ロケット』のようなシリアス作まで、ジャンルやムードを問わず対応できる安田さんが今後どんな役を演じるのか、楽しみでなりません。
【木村隆志】
コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者。テレビ、ドラマ、タレントを専門テーマに、メディア出演やコラム執筆を重ねるほか、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーとしても活動。さらに、独自のコミュニケーション理論をベースにした人間関係コンサルタントとして、1万人超の対人相談に乗っている。著書に『トップ・インタビュアーの聴き技84』(TAC出版)など。