──ところで、末井さんは老いや死を怖いと感じる瞬間はありますか?
「ふだんは40代くらいのつもりでいるのですが、体はやはり老いていますね。恥ずかしい話があるんです」
再婚したばかりのころの体験だという。末井さん夫婦は不妊治療のために産婦人科に通っていた。末井さんと奥さん以外はみな妊婦。「末井さん」と呼ばれると、紙コップ持ってエロビデオが設置された個室に通される。
「精子が入った紙コップを先生に渡して『どうですか、先生』と尋ねると、拡大モニターを観ながら『ちょっと動きが鈍いね』と。その『動きが鈍い』と言われたとき、確かに老いを感じましたね。ちょっとガクッときました」
──死に関してはどうですか?
「ぼくは、死を最期の楽しみに取っておくくらいの気持ちでいた方がいいと思っているんですよ」
大腸癌の手術を経験した末井さんは全身麻酔で意識を失う瞬間が死を疑似体験しているようで好きだと話す。
「大腸癌自体は、医者が切って繋げば治りますなんて、水道管みたいなことをいうので怖くはなかった。でも全身麻酔が効いてスウッと意識がなくなる瞬間を体験して思ったんです。きっとこれが死なんだろう、と。年に2回の検査ではなるべくその瞬間を長く楽しもうといつも目蓋に力を入れて目を開けているんだけど、すぐ意識をうしなっちゃうんですよ(笑)」
検査の全身麻酔のたび、目を開けて死を疑似体験しようとする。末井さんならではの、いわば本気の遊び心だ。 痴呆も死も周囲に迷惑をかけるかもしれないが、本人の問題である。
老いは誰にも避けられない。としたら痴呆も死も個人的な大切な体験として楽しめばいい。この瞬間を楽しみ続けることができれば「下流老人」という「世間」が押しつける暗いイメージにとらわれずに済む。末井さんは言う。
「いままで2度死んだ人間はいません。ぼくは自分の人生で、最初で最期のたった1度の死を楽しみたいんです」
私たちは末井さんのように死を楽しむことができるだろうか。
【プロフィール】すえい・あきら/1948年、岡山県生まれ。イラストレーターなどを経て、セルフ出版(現・白夜書房)の設立に参加。『ウィークエンドスーパー』『写真時代』『パチンコ必勝ガイド』などを創刊。2012年に白夜書房を退社。主な著書に『自殺』など。
●撮影/太田真三
※SAPIO2016年5月号