聞き役の編集者もたちが悪い(褒め言葉です)。「私の知り合いも怒ってました」などと(その知り合いで誰やねん)という読者からツッコミを入れたくなるような合いの手を繰り出し、井上教授の怒りの炎にどんどん薪をくべていく。
そして最後は自分の血圧について触れ(これも編集者が「心配する読者がいた」と唐突に話を振る)、
《自宅の血圧計で「いい数字」が出るまで何回も測り直している。これって自己欺瞞だよね。「人間は自己欺瞞の天才である」という私の命題、まず我が身に適用して襟を正さねば》
で終わるのである。すごい着地の仕方で目眩がする。
しかしこの本の本当の価値は、そういうユーモアも交ぜながら、読者を安全保障、憲法の真摯な議論に導いていくところである。
井上教授の主張は「憲法9条削除」「徴兵制の復活」である。これだけ並べるとウルトラタカ派のようだが、違う。リベラリストとしての井上教授の平和論が底に横たわっている。たとえば「徴兵制」については、いつも自衛隊を「他者」としてしか議論しないことに異議申し立てをし、「自分のこと」として捉えるためにの方策なのである。徴兵制があったからこそベトナム戦争時代にはアメリカで反戦運動が活発になったと指摘し、日本と同じように軍部の暴走を経験したドイツが徴兵制のなかで何を教えていたか紹介する。
昨年の国会を見て「こんな粗雑な議論で自衛隊の人たちに命を掛けさせるのか」と憤慨した私のような読者なら、徴兵制復活は別にしても井上教授がいわんとすることに共感するだろう。そして、憤慨したまま放置している自分の存在に気づき、井上教授の欺瞞の指弾が自分にも向けられていることに慄然とするのである。