土光敏夫氏(写真:Fujifotos/アフロ)


 石川島重工業の社長時代、敏夫氏は一升瓶をぶら下げて、徹夜で組合員と労使交渉した逸話を持つ。“飲みニケーション”が人心掌握術のひとつだった。

「親父はあまり酒が得意じゃなかったけど、会合では酒を飲んで社員からいろいろと話を聞いていた。ぼくが子供の頃、元旦に会社で飲んでいた親父が仲間を10人くらい自宅に連れてきて、ドンチャン騒ぎしたことを覚えています。会社のある佃島から、わざわざポンポン蒸気船で隅田川を渡ってね。もう80年も前になるんだな」

 偉くなってからも質素な生活を続けていた敏夫氏。土光家の食卓にはやはり「あの魚」が並んだ。

「よく聞かれるけど、たしかにメザシはよく食べていた(笑)。岡山で育った親父は、地元で取れるママカリという魚も好物で、ママカリを入れたちらし鮨を“おいしい、おいしい”と食べていた。ママカリは小さくて安い魚だけどうまかった。暮らしぶりは慎ましく、親父はいつも着物姿で、“面倒くさい”と床屋にも行かず、ぼくが髪の毛を切っていた。禿げていたから割と簡単だったけどね(笑)」

 敏夫氏が生きていれば、今の世に何を思うだろうか。

「世の中が大きく変わったから、今の政治や世相については何も言えない。ただ、世の中が豊かになるに連れ、お金が人を狂わせるようになってしまった。親父は何があっても変わらなかった。極端と言えば極端な人だったけど、私欲のなかった点は認めるわな」

※SAPIO2016年10月号

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