「髪は茶髪。喫煙、飲酒に加え、奔放な異性関係も有名だった」(クラスメイト)
女性とのプライベート写真も流出し、わずか3か月で『NEWS』を脱退。高1の冬には、「音楽で生きていく。バンド活動に専念したい」と学校を辞めると言い出した。
無論、森は激怒。学校の先生にも会いに行った。
「息子を学校に留めるよう説得してくれ、と。学問を身につけて損をすることはない。夢を見ることはいいけど、一歩一歩進んでいく大切さを森さんは教えたかったんです。でも、思春期のTakaくんには伝わらなかった」(森の知人)
高校1年の3月、Takaは高校を辞めた。森はこの時、Takaを勘当している。
「“おまえひとりで生きていけ!”と、息子を家から追い出した。その後、森さんと昌子さんは離婚して(2005年)、彼の親権は母親が持ったので、当時は“父子断絶”なんて騒ぎ立てられました」(前出・芸能関係者)
だが、森の知人によれば、勘当後も、わが子の身を案じない日はなかったという。
「父親ですから。完全に絶縁なんてできるわけがない。周りから息子さんの様子を聞いては気にかけていた。ある時期、Takaは青山のスナックでバイトしていたんですけど、それを聞きつけた森さんが黙って店に行ったことがあった。仰天するTakaに、森さん、そっと財布から5万円渡したそうです。“これでちゃんと暮らせよ”って」(前出・森の知人)
息子の頑な心も徐々に解けていった。森が還暦を迎えた2008年の誕生日、Takaは森にメールを送ったという。
「“本当はお父さんが誰よりも僕を愛してくれてるって、分かってた”って。毎日いつ寝てるのかわからないほど働いて、家族を養ってくれたことを覚えています、ということも書いてあったらしい。森さん、泣いちゃってね。以後はよくメールしたり、ご飯に行ったりするようになった」(別の森の知人)
前出、『Hard to Love』の歌詞は、この気持ちを歌ったバラードだった。
《僕が学校をやめた時、あなたは“おまえはもうダメだ”と言ったよね。僕の反抗には理由があったんだ。ただその理由が何なのか分からなかった》(日本語訳 以下同)
《あなたは僕がまだダイヤの原石だって事を教えてくれた。今の僕があるのはあなたのおかげだよ。あなたが僕を誇りに思ってくれていたらいいな。僕がどうしようもないヤツだった時も、あなたは僕の事を愛してくれた》
※女性セブン2016年9月29日・10月6日号