そうしてSくんと結婚すると、次々に3人の子供に恵まれました。おかしな話ですが、私が妊娠するたび、私の仕事はうなぎ登りによくなり、3人目を身ごもったと同時に、課長に昇進しました。
反対にSくんの勤めていた建設会社は縮小に次ぐ縮小。元から彼は、「家事や子育てはお任せあれ」というタイプです。あっさり主夫業に転身してくれました。
私は小さいながらも会社を起業し、夫のSくんに家計費と毎月のお小遣いを渡し、新車が欲しいと言えば、300万円。その次は500万円。お盆とお正月は夫の実家に顔を出して、年に2回の海外旅行。夫は私を、「大蔵省」と呼んだものです。
そんな結婚生活も、8年目に入ると夫婦の立場はすっかり逆転していました。私が夫との男女の関係をまったく受け入れられなくなってしまったのです。
外で男のように働き、くたくたになって玄関を開けると、「おかえり~」と子供と夫が出迎えてくれます。競争社会にいない夫は、前にも増してのんびりとした顔になり、私が仕事の八つ当たりをしても、ふわりと受け止めてしまいます。
その夫に体を求められると、どうにもならない嫌悪感に襲われるのです。穏やかな夫は私がセックスを拒むと、寂しそうな顔はしても声を荒らげたり、酔って暴れたりもしません。
今思えば、彼にとって唯一、“男”を自覚できる行為だったのかもしれません。それを思いやるには、当時の私は疲れきっていました。
◆再会した彼は天から降りたハシゴに見えた
その頃です。次第に私の会社も傾きはじめてきました。夫もまた、私のママ友に、「うちのは、作った夕食をゴミ箱に捨てる人の気持ちを考えたことがあるのかな」と愚痴をこぼすようになりました。
「ずっと家にいるから、性格が暗くなるんだ」と、友人のつてを頼って仕事を紹介してもらったのですが、長くて1か月。短ければ1週間で辞めてしまいます。
そのたび、彼の口から出てくるのは雇い主への文句ばかり。私は、家庭から逃げました。仕事が終われば、飲み屋へ直行する日が毎日。そんなときです。かつて交際していた彼、Oさんと再会したのは。
「助かった」
それがあのときの私の正直な気持ち。家庭と仕事の板挟みになって、身動きの取れなくなっていた私に、Oさんは天から降りてきたハシゴに見えたのです。
◆踏みとどまろうとすると気持ちと体が離れていく