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【書評】世代の違う3人の元裁判官が俯瞰した日本の裁判所

【書評】『気骨 ある刑事裁判官の足跡』石松竹雄・著/インタビュアー・安原浩/日本評論社/1400円+税

【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)

 元刑事裁判官の自伝ながら、構成がちょっと変わっている。戦後すぐに裁判官に任官した著者が、若いころ薫陶を受けた先輩裁判官の回顧談を盛り込む一方、東大闘争など学生運動が盛り上がった時代に任官した後輩の元裁判官との対談を収録。「日本の裁判所」の歩みを世代の違う3人の元裁判官が俯瞰したノンフィクションである。

 新憲法によって、司法権の独立が保障されたというのに、なぜ、戦前のような「裁判官・検察官同一体の原則」へと変節したのか。「今頃裁判の独立などと言っても、誰からも相手にされませんよ」と冷笑する20代の新任裁判官に愕然としながら、裁判官もまた、上司の評価を気にしながら組織で生きる“弱き人々”であることを再認識する。

 著者は「一番の人権侵害の張本人はやっぱり国家権力」との思いから、現役時代、「警察、検察によって代表される国家権力の乱用」に抵抗し続けた「気骨」の人として知られている。冤罪など誤判の事例を調べていくと、「疑わしきは被告人の利益に」忠実であるべき裁判官が、「たやすく検察側に廻ったこと」が起因になっているからだ。

「どんなに調書に巧妙に書いてあっても、被告人が全然無縁だということがあり得る」と教えてくれたのは、三人の中で最古参の先輩裁判官。この人は、司法試験合格後、「養家先の女中を強姦したとして告訴され、検事の取調べを受けた」経験があった。

 養子縁組した家と離縁したことで、意趣返しの告訴をされたわけだが、「このときも強制捜査されていたら、僕も自白したかもわからん」との実感を抱いた。その体験が、「刑事被告人の人権をいかに守るか」という観念を育み、著者ら後輩裁判官に受け継がれた。

 この観念が、平成の若い裁判官に引き継がれなかったのは、最高裁の司法修習生への「徹底的な骨抜き教育」であったという。公式記録には決して載ることのない苦悩する裁判官たちのドラマがある。

※週刊ポスト2016年11月11日号

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