国際情報

国境の海に暗躍した「レポ船」「特攻船」の赤い航跡

根室では日本とソ連の思惑が交錯した

 日本有数の漁港たる北海道・根室は「国境の街」としての顔を持つ。戦後の冷戦体制下にあっても、ソ連との接触は途絶えなかった。ジャーナリスト・竹中明洋氏が、根室アンダーグラウンド史を掘り起こす。

 * * *
「そんな昔のことを聞いてどうすんべ」

 10月中旬、早くも冷え込む北海道東部の根室で、漁港を歩き回ってようやく見つけた70歳の老漁師にいきなりそう怒鳴られた。

 老漁師はかつてのレポ船の船員だ。レポ船とは、ソ連の国境警備隊に金品や情報を提供する代わりに北方四島周辺の海での漁を許可された船のことである。「赤い御朱印船」とも呼ばれた。老漁師に声をかけ続けていると、ぽつりぽつり当時のことを話し始めてくれた。

「FAXやラジオ、釣り具、女ものの下着を見繕って渡すと喜ぶんだ。その代わりに国後の沖でカニやウニをたんまりと取らせてもらう。向こうには必ず日本語ができるのがいて、海保の職員に知り合いはいないかと聞かれたこともあったな」

 レポ船が登場するようになったのは、戦後間もなく。ソ連に追われて島から根室に引き揚げた漁師たちが中心となり、かつて自由に漁をしていた四島周辺の海に入り、国境警備隊と拿捕や臨検で接触を繰り返すうちに始まったと言われる。

 次第に金品を渡す他、警察や海保、自衛隊などの情報を求めに応じて提供する者まで現れるようになる。れっきとしたスパイ行為だが、日本では、取り締まる法律がない。老漁師も根室市内の自衛隊基地を写真に撮って渡したことがある。

 日本の公安当局も黙って見過ごしていたわけではない。船員を二重スパイに仕立て上げ、ソ連側がどんな情報を必要としているのか探った。1980年6月21日付『北海道新聞』には、レポ船主と警察官とのやりとりを密かに録音した記事が掲載されている。

レポ船主:いよいよあす、ソ連へいくわけさね…。

警官:巡視船と出合うことはないだろうね? 警察について聞かれることないかい?

レポ船主:(警察との関係は)一切持っていないということで話してあるんでね。

 その後、船主はソ連側から、日本の公安調査局の係官をレポ船に同乗させてほしい、との依頼があったことを明かす。ソ連側の意図はよく分からないが公調側は断った。その言い訳に苦慮する船主に対して、「努力している素振りを見せとけば(ソ連から関係を)切られない」「なんぼでもするから」と警官がなだめる。

 記事にはレポ船主とソ連の国境警備隊幹部との生々しいやりとりもある。ソ連側は日本語が達者だ。

関連キーワード

関連記事

トピックス

若手俳優として活躍していた清水尋也(時事通信フォト)
「もしあのまま制作していたら…」俳優・清水尋也が出演していた「Honda高級車CM」が逮捕前にお蔵入り…企業が明かした“制作中止の理由”《大麻所持で執行猶予付き有罪判決》
NEWSポストセブン
「正しい保守のあり方」「政権の右傾化への憂慮」などについて語った前外相。岩屋毅氏
「高市首相は中国の誤解を解くために説明すべき」「右傾化すれば政権を問わずアラートを出す」前外相・岩屋毅氏がピシャリ《“存立危機事態”発言を中学生記者が直撃》
NEWSポストセブン
3児の母となった加藤あい(43)
3児の母となった加藤あいが語る「母親として強くなってきた」 楽観的に子育てを楽しむ姿勢と「好奇心を大切にしてほしい」の思い
NEWSポストセブン
「戦後80年 戦争と子どもたち」を鑑賞された秋篠宮ご夫妻と佳子さま、悠仁さま(2025年12月26日、時事通信フォト)
《天皇ご一家との違いも》秋篠宮ご一家のモノトーンコーデ ストライプ柄ネクタイ&シルバー系アクセ、佳子さまは黒バッグで引き締め
NEWSポストセブン
過去にも”ストーカー殺人未遂”で逮捕されていた谷本将志容疑者(35)。判決文にはその衝撃の犯行内容が記されていた(共同通信)
神戸ストーカー刺殺“金髪メッシュ男” 谷本将志被告が起訴、「娘がいない日常に慣れることはありません」被害者の両親が明かした“癒えぬ悲しみ”
NEWSポストセブン
ハリウッド進出を果たした水野美紀(時事通信フォト)
《バッキバキに仕上がった肉体》女優・水野美紀(51)が血生臭く殴り合う「母親ファイター」熱演し悲願のハリウッドデビュー、娘を同伴し現場で見せた“母の顔” 
NEWSポストセブン
指定暴力団六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
《六代目山口組の抗争相手が沈黙を破る》神戸山口組、絆會、池田組が2026年も「強硬姿勢」 警察も警戒再強化へ
NEWSポストセブン
木瀬親方
木瀬親方が弟子の暴力問題の「2階級降格」で理事選への出馬が絶望的に 出羽海一門は候補者調整遅れていたが、元大関・栃東の玉ノ井親方が理事の有力候補に
NEWSポストセブン
和歌山県警(左、時事通信)幹部がソープランド「エンペラー」(右)を無料タカりか
《和歌山県警元幹部がソープ無料タカり》「身長155、バスト85以下の細身さんは余ってませんか?」摘発ちらつかせ執拗にLINE…摘発された経営者が怒りの告発「『いつでもあげられるからね』と脅された」
NEWSポストセブン
結婚を発表した趣里と母親の伊藤蘭
《趣里と三山凌輝の子供にも言及》「アカチャンホンポに行きました…」伊藤蘭がディナーショーで明かした母娘の現在「私たち夫婦もよりしっかり」
NEWSポストセブン
高石あかりを撮り下ろし&インタビュー
『ばけばけ』ヒロイン・高石あかり・撮り下ろし&インタビュー 「2人がどう結ばれ、『うらめしい。けど、すばらしい日々』を歩いていくのか。最後まで見守っていただけたら嬉しいです!」
週刊ポスト
2021年に裁判資料として公開されたアンドルー王子、ヴァージニア・ジュフリー氏の写真(時事通信フォト)
《恐怖のマッサージルームと隠しカメラ》10代少女らが性的虐待にあった“悪魔の館”、寝室の天井に設置されていた小さなカメラ【エプスタイン事件】
NEWSポストセブン