◆1日がまるで1年みたいな密度だよ
卯月さんはおじいちゃん子で、最初に覚えたのが石原裕次郎と浅丘ルリ子のデュエット「夕陽の丘」、高校のときは地域の老人会に入っていたという。ともに懐メロ好きで酒好き、年齢差を感じないボビーとの楽しい日々は、〈おいら〉が新しい治療薬を試みたとき、難しい局面を迎える。薬が原因の〈おいら〉の不調に、ボビーの年齢的な不調が重なったのだ。
「このとき新薬に賭けたのは、陰性症状をどうしても抜けたかったから。本の担当さんを待たせ続けていたので、早くペンを入れたくて、一発逆転したくて、新薬の認可が下りたとき『よっしゃいける』と思っちゃった」
きまじめで、人一倍、気をつかう人らしいエピソードだ。そう言えば、前作が出たとき「卯月妙子さんが生きていてくれて、この漫画を書いてくれて本当によかった」と書評に書いたのは小泉今日子さんで、新作の帯にも推薦を寄せた。
「ほんとにありがたいです。(前作への反響は)もう、何が起きてるんだろうという感じで。不謹慎ですけど、歩道橋から飛び降りた後、病院のトイレで初めて見た自分の顔があんまり面白くて。写メを友達にバンバン送って、『スライド見せてトークショーやればいいじゃん』って。そんなノリで書き始めた漫画なのに……」
現実の中で描くことが難しい幻聴や幻覚も、卯月さんは全部漫画にする。これらは、後でボビーさんに聞いて描くのだろうか。
「いえ、ぜんぶ覚えていて、意識があります。ネーム(下書き)はボビーに見せるので、『もっとこうだった』と言われたらもちろん書き直しますけど」
喧嘩も、エッチの失敗も書かれているが、「小林旭みたいに描いてくれ」ということ以外、ボビーさんから注文がつくことはない。
卯月さんはふだん「卯月さん」と呼ばれるが、大事なことを伝えるときは「あなた」になり、「おい兄弟、きょうは寿司食うか?」と言うことも。怒ればそれが「小僧!」になる。
『人間仮免中つづき』は、おとなの大恋愛漫画である。かけがえのない相手に出会えた喜びは凝縮され、作品のエピソードとなり、2年前に始めたという俳句にも託される。
〈この暮らしは、そんなに遠からず終わるかもしれない──/だから、今いっぱい思い出作って、1日を楽しんで、1日がまるで1年みたいな密度だよ〉
「ボビーは、自分が死んだら『人間仮免中おわり』を書け、って言うんです」
【プロフィール】うづき・たえこ:1971年岩手県生まれ。20歳で結婚後、夫の会社が倒産、借金返済のためホステス、ストリップ嬢、AV女優として働く。過激なAVはカルト的な人気を得る。夫が自殺、10歳頃から患っていた統合失調症が悪化する。入退院を繰り返しながら舞台などの活動を続け、自伝的漫画『実録企画モノ』『新家族計画』を発表する。2012年に出版した『人間仮免中』が大きな反響を呼び、12万5000部のベストセラーに。2014年、東京芸術劇場で東日本大震災がテーマの作品を発表。170cm、A型。
構成■佐久間文子
※週刊ポスト2016年12月23日号