「例えば『日直番長』(1997~1998年)の頃は、単純にヘタだったんですよ(笑い)。その後は僕なりにうまくなろうとはして、『I.C.U.』(2011~2013年)みたいな緻密な絵も書けるようになったぶん、今回は引き算に徹しました。誰でもない誰かのドラマに誰もが思い出を重ねやすいよう、一度描いた線をわざわざ消したり、妙な作業が結構ありました(笑い)」
その甲斐あってほんわか、温かな空気の漂う本作では、夫婦が愛犬の〈オードリー〉共々大切に紡いできた時間が、妊娠劇と並行して綴られる。
出会いはロッキード事件や猪木対アリ戦が耳目を集めた40年前。見合いの席に現われた30歳の夕子はなぜまだ独身なのかと思うほど美しく、別れ際、〈こっ今度レモンスカッシュでも飲みに行きませんか!〉と声をかけて本当によかったと朝一は思う。〈何もない私の人生だからその私を支えてきた妻はさぞつまらなかったことだろう〉〈退職したら夕子を連れてたくさん旅行しようと決めていた〉〈恩返しが遅すぎたのだろうか…〉
そんな矢先の妊娠宣言だ。夕子は心配する朝一をよそに〈産まなくてもどのみち死ぬわよ!〉と言い放ち、せめて出生前診断だけはと勧めても、〈短足で〉〈ハゲで〉〈短小包茎早漏で〉〈近眼で足が臭い〉〈知ってたらあんたなんて産まれてこれなかったわよ!〉と一蹴。
〈それでも私は産むんです…そんなあなたと結婚したんだから〉と言うのだから〈母はつよし〉、そして朝一も煙草をやめ、妻の不安を陰ながら支えるなど、〈父も…ときどきつよし〉である。