アメリカと日本のハーフ、ホーン・ユキ(撮影:長友健二)
もう1人、70年代のバラエティシーンに欠かせなかったのがホーン・ユキだ。プロポーションに恵まれ、「ボインちゃん」の愛称で親しまれた。本人が当時を振り返る。
「私は見た目はハーフでも中身は日本人で、特に差別はなかったですね。ザ・シュークリームというグループにいましたが、私だけグラマーな体つきをしていたのは、アメリカ人の血をひいた恩恵だったのかもしれません」
1980年代に入ると、バブル景気を間近に控え企業はキャンペーンガールを広告塔として起用し始めた。すると、ヒロコ・グレースやフローレンス芳賀といったハーフの逸材が続々と名を連ねるようになった。
そして1990年代以降、ハーフは女子アナ&キャスターの世界にも進出し、欠かせない存在となった。滝川クリステル、葉山エレーヌ、加藤シルビアなど、各局でハーフの局アナが人気となり、この4月からタレントのホラン千秋がTBS系ニュース番組『Nスタ』のキャスターに就任する活躍ぶりだ。
こうして半世紀の歴史を眺めると、日本の芸能界において、ハーフタレントの存在は実に重要なスパイスとなってきた。かつては、根強い差別からその出自を隠すことも多かったが、現在はハーフであることを個性として前向きにとらえられるようになった。日本社会のそうした変化も、先人たちの功績があればこそだろう。
※週刊ポスト2017年4月14日号