純一郎氏は国会議員時代の1978年、エスエス製薬創始者の孫娘である宮本佳代子さん(60才)を見初めて結婚した。その年に長男の孝太郎が生まれ、1981年に次男の進次郎(36才)が生まれた。だが結婚からわずか4年後の1982年9月、純一郎氏は佳代子さんと離婚。その4か月後、三男が誕生した。
純一郎氏が浦沢さんと出会ったのは30代半ばのころ。浦沢さんは、赤坂の芸者だったという。赤坂の料亭関係者が言う。
「若くして花柳界に入った浦沢さんは着物が似合う和風美人で気立てもよかった。大物たちからも評判で、純一郎さんは彼女を気に入って必ずお座敷に呼ぶようになりました」
出会った当初は、純一郎氏は妻子ある身だったが、離婚以来、ふたりの関係は徐々に変わっていったという。前出の料亭関係者が続ける。
「純一郎さんが離婚して3、4年後から、彼と浦沢さんは恋人の関係になったようです。しばらくすると彼女は料亭をやめてバーを開店したのですが、その店にも純一郎さんは足繁く通っていたそうです」
結婚することなく20年近く続いた恋だったが、2001年に純一郎氏が首相に就任する前に、ふたりは関係を断った。
「日本の最高権力者ともなればマスコミのスキャンダル探しに力が入ります。独身同士で何の問題もないとはいえ、自分が純一郎さんのそばにいたら迷惑をかけるだろうと、浦沢さんの方から別れを決意したようです」(小泉家の知人)
激務の首相時代を終えた純一郎氏は、2008年に進次郎を後継者に指名して政界を引退。66才の時だった。独居生活の中、やすらぎの相手として求めたのが、浦沢さんだった。前出の小泉家の知人が語る。
「純一郎さん狙いの女性なら老若問わずたくさんいると思います。でも一緒にご飯を食べて、音楽を聴いて、映画を見て疲れずにくつろげる存在はそういない。政治という重しがなくなった純一郎さんが浦沢さんと会うようになるのは、自然な流れだったのでしょう。独身を貫きながら、首相として活躍する純一郎さんを陰ながらに見守っていた浦沢さんにとっても、彼との再会はうれしい出来事だったはずです。ここ4~5年でしょうか、現在のふたりは、月に何度かデートをする仲のようです」
浦沢さんに直接尋ねると、「本人(純一郎氏)に聞いてちょうだい」と言うのみ。純一郎氏からは締切までに回答はなかった。
※女性セブン2017年5月4日号