この頃、沢渡はカメラマンという仕事に生涯を捧げる覚悟を決めた。
「31歳の時に結婚生活を3年で終えて、『生涯独身を貫こう』と決めました。結婚していると女房にも気を遣うし、生活のためにお金を稼がなきゃいけないから。やっぱり、純粋に被写体の女性に気持ちを込めていきたいと思ったんです」
ナディアの写真をまとめた『NADIA 森の人形館』が出版された1973年、沢渡に一つの転機が訪れる。芸術に理解の深い西武グループから、百貨店の写真展用にイギリスで少女を撮ってほしいと依頼されたのだ。
「『不思議の国のアリス』を自分流に解釈し、モデルも現地でオーディションしました。2、3週間ほど滞在したかな。200本フィルムを持っていったけど、1日目で20本も使ってしまった。それくらい良かったんです。
時代が流れて、今は少女写真集の出版自体が難しくなってしまったけど、本当は生涯、少女をテーマに撮りたかった。少女の美しさがわからなければ、写真家とは言えないですよ」
写真展と同時に、詩人の瀧口修造や谷川俊太郎も寄稿した写真集『少女アリス』を出版すると、爆発的な人気に。この2作によって沢渡の名は一気に広まった。
その頃、芸能界では南沙織や天地真理などが人気を博し、「アイドル」というカテゴリーが誕生。それに伴い、水着姿などを撮影するグラビアが活況を呈する。ファッション分野での技法を持ち込む沢渡の撮影は、芸能分野でも重宝されるようになる。
※週刊ポスト2017年5月26日号