森恪の名が歴史に残っているのは昭和二年の「東方会議」を事実上主宰したことだろう。田中義一内閣の外務政務次官、当選二回という新参者が、日本の中国政策を仕切るのである。

 東方会議は偽書「田中上奏文」とともに、大陸侵略政策の震源地とされがちだが、英米との協調の線は守られていた。幣原外交からの転換をアピールし、大陸での権益保護を訴えた。擡頭する中国ナショナリズムを軽視した面はあるが、大きな逸脱はなかった。

 著者は森恪の政治手法として「会議体の活用」を挙げている。会議によって軍部の意向も明らかにし、「政治による軍のコントロール」を志向したのが森恪政治の可能性であった。森恪は昭和七年に四十九歳で病死する。森恪がもし生きていれば、支那事変も日米戦争もなかったという声は検討に値する。金権と見られたが、死後には莫大な借財が残された。

※週刊ポスト2017年6月2日号

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