荷風が48歳のときに身請けし、親しく付き合った関根歌は、荷風と別れたあと、柳子の源氏名で石川県の和倉温泉の旅館で働いた。現在、日本屈指の宿として知られる、加賀屋である。
昭和30年1月。歌は久しぶりに荷風に年賀状を出し、荷風も返事を書いた。〈お変りもなくおくらしの事何よりもうれしく存じます/幸に無事腹ぐあひもわるくありません夕飯の時にはきつと少ばかり酒のむやうになりました〉(福田和也『加賀屋旅館で働いた、関根歌のその後』~『en-taxi』21号より)
このとき、荷風は77歳。自宅の名・断腸亭は、腹が弱いことと断腸花(*注3)が好きだったことに由来している。
【*注3/断腸花はシュウカイドウの花の別名。秋の季語でもある】
※週刊ポスト2017年6月9日号