一瞬で空気が張りつめた。
「わ……私でしょ」
「そうだねぇ。ここにいるみんながそう思っているよ。だけど、死にたいといっていると、免疫力が下がって本当に早く死んでしまうよ。よく寝て、心と身体を暖めて笑うと、3割の人は長生きできる。お盆に子供と旅行できるかもしれないよ」
それ以来、堀さんは「死にたい」といわなくなった。がんが見つかってから避けていた友人とも積極的に会い、子供のサッカーの試合も応援に行った。子供たちと温泉にも出かけた。そうしたことは入院治療ではなかなか許されなかっただろう。
6か月後、野球観戦中の小笠原医師に訪問看護師から「堀さんの脈が触れません」と連絡が入った。血圧が落ち、脈が触れなくなると、穏やかにすーっと亡くなるのが普通だという。
そこで小笠原医師は「じゃあ、そろそろお別れだね」と答えたが、何か胸騒ぎがして観戦を切り上げた。すると、堀さんの夫から「妻がゼイゼイ苦しんでいます」という電話があった。
慌てて緊急往診に向かうと、堀さんはまだ苦しそうに呼吸している。常識では考えられない状況だった。