◆飛躍があるからこそ、リアルさを思い起こさせる
山口:運慶の写実性は、高野山の金剛峯寺にある国宝・八大童子立像にも存分に発揮されています。僕は矜羯羅童子に最も心惹かれました。横顔はちょっと怖いけれど、正面からみた表情はかわいらしい。大仏は鼻(の穴)がまん丸いものですが、不動明王の従者である八大童子は人間に近い存在だからでしょうか、鼻梁の芯で鼻がペコンと押されて穴が楕円で生々しい。
山下:大日如来坐像しかり、鼻の表現ひとつにもリアルさがある。
山口:「描き出しは鼻にせよ」という狩野派の筆法もあります。つい瞳に注目しがちですが、鼻は顔を構成する重要なパーツ。こんなにリアルでも俗っぽくならず、表情に“人ならぬ雰囲気”がほんの少し漂っているのが見事ですね。
山下:左足の親指だけかすかに浮かせるなど、細部にまで運慶のこだわりが行き届いている。僕はこの8尊では清浄比丘童子かな。前歯の尖った犬歯が生々しい。でもリアルなだけではない、表現しがたい神々しさが宿っている。
山口:リアルだけど実際の形に引きずられず、どこかで飛躍がある。飛躍があるからこそ、リアルさを思い起こさせるのでしょうね。
山下:奈良・興福寺にある国宝・無著菩薩立像と世親菩薩立像は、運慶が晩年に手かげた最高傑作とされる作品です。僕が運慶作品で最も好きなのはこの無著菩薩。表情がたまらなくいいでしょう。古代インドの学僧兄弟がモデルですが、指が欠けていてかわいそう。