非常に、ストレートに、「変態」である。私は戸惑い、こちらの会話に聞き耳を立てる運転手さんの存在も気になり、「無理です。タクシーの中でそういうことしたがる人、嫌いだから」と告げたが、彼は一歩も引かなかった。
数分、「つばちょうだい」のやり取りが続く。わけがわからない。もっとも、つばをあげようにも、アルコールで水分が飛び切った私の体から出る唾液は少量である。だが最後には面倒くさくなり、渾身の思いで、ペッ!とつばを吐き捨てると、彼は持っていたカバンから無造作に2万円を掴み、私に差し出した。
「んふふ、嬉しいな。ありがとう。これ男のけじめ」
そして笑顔で降りていった。なんて潔いのだろうと、私はその行為になぜか感激した。酒の力は恐ろしい。私はその2万円を握りしめて、翌日の夕方にお酒が抜けるまでの間、その男に半日だけ恋をしていた。