「普通の奥さんなら慰めてくれるんじゃないの? でもウチの女房は『なぜスクイズしなかったの』『なんでピッチャー変えないの』とサインや継投策にまで口を出す。『うるさい! 野球を知らないのに口を出すな!』という思いをグッとこらえて聞き役に回っていた。グラウンドにも平気で出てきて、『あんたダメね』『ヘタクソ』と毒づいていたから、選手たちにも疎まれていた」
南海時代には沙知代さんがチーム運営に口を出していると批判に晒され、野村氏は1977年に監督を解任された。2001年には沙知代さんが2億円を脱税した疑いで逮捕され、野村氏は阪神の監督を引責辞任。それでも恨み節や不満は一切口にしなかったという。
◆「サッチーの言葉に救われた」
野球人生における苦難の時代、むしろ妻に救われたと野村氏は振り返る。
「南海でも阪神でも女房のせいで球団をクビになった。それでも、お互いに離婚の“り”の字も口にしたことがなく、夫婦間の危機は一度もなかった。いくら途方に暮れていても、女房の『何とかなるわよ』という一言で勇気づけられて救われたんです。男は弱くて女は強い。つくづくそう思います」
愛する妻がいなくなり、野村氏は「死」についてよく考えるようになった。
「人間は時代と年齢には絶対に勝てない。それを実感して、最近は死を待つだけです。痛みや苦しみがなく、眠るように亡くなった女房は最高の死に方でした。俺も苦しまずに逝きたいね」