一方、『国民統合の象徴』(3)で、戦後の象徴天皇制を肯定的に評価したのが哲学者・倫理学者の和辻哲郎。戦前から和辻は、日本人が古代から自分たちの思いをいかに天皇に仮託してきたかを研究し、「天皇は国民(日本の人々)の総意が体現された存在である」という結論に達していた。その和辻に言わせれば、象徴天皇制は正しく日本の伝統に立ち返ったあり方であり、左派の喧伝とは裏腹に、日本の国体は些かも変わっていない。そのように国体の連続性を主張するのが和辻の真骨頂だ。

 1960年代末の政治の季節にも天皇の問題が盛んに論じられた。代表的な論考の一つに挙げたいのが、批評家の吉本隆明による「天皇および天皇制について」(4)だ。吉本は戦争後期に20歳前後で、天皇のために身を捧げることは正しいと、身体感覚として信じ込んでいたと言う。戦後の吉本は、その「宗教的な絶対感情」の対象だった天皇(制)をいかに無力化するかを思想的課題としてきた。結論として吉本は、「日本列島の数千年の歴史時代において天皇(制)の歴史は千数百年しかない」、それゆえ「空白の数千年を掘り起こすことのなかに、天皇(制)を相対化する鍵が隠されている」と述べる。

 同時期に、作家の三島由紀夫は「文化防衛論」(5)を書き、明治憲法下の立憲君主制も、戦後の象徴天皇制もともに批判した。三島によれば、前者は単なる政治概念にすぎず、後者は経済に現を抜かす大衆化社会に追随させられたものだ。それとは全く異なる「文化概念たる天皇」「文化の全体の統括者としての天皇」を復活させよ、と主張した。一見、前述の吉本とは正反対に思えるが、目の前に現実としてある天皇制に違和感を覚え、それを壊せと主張している点で共通しているのが興味深い。

 以上とは異なる観点から勧めたいのが司馬遼太郎の『翔ぶが如く』(6)。周知のように、征韓論から西南戦争までを大久保利通と西郷隆盛を中心に描いた長編小説である。天皇を前面に出して描いているわけではないが、大久保と西郷が、それぞれの目指す国家像を巡って天皇を取り合っているような構図が見えてくるのが面白い。

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