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2018.04.06 07:00  週刊ポスト

クロマティの「右ストレート」乱闘、満月の影響と宮下昌己氏

右ストレートがクリーンヒットした(共同通信社)

 1987年6月11日、熊本藤崎台球場で行われた巨人―中日戦で、伝説の乱闘が起きた。中日の投手・宮下昌己が投球を背中に当てたことにクロマティが大激怒。マウンドで宮下に右ストレートを浴びせると、中日・星野仙一監督も飛び出しての大乱闘になったのだ。

 その年、星野監督率いる中日の最大のライバルは球界の盟主・巨人だった。中日優勝を阻む最大の障壁は、巨人の主砲・クロマティだった。6月11日、リリーフの宮下は、「舐められてたまるか」との強い思いでマウンドにのぼった。

「見上げると満月でした。満月って、なぜか気持ちを昂ぶらせるじゃないですか。(星野)監督からは『ぶつけろ』の“指令”が出ることもありましたが、あの日は単独犯でした。狙うつもりだったので、捕手の(中村)武志に『次行くから頼むな』と声を掛け、戦闘要員のガンちゃん(岩本好広投手)にも『助けに来てね』と耳打ちしておきました」(宮下)

 初球がクロマティの背中を直撃。温厚な性格で知られるクロマティもこのときばかりは大激怒し、マウンドに向かいながら「帽子を取れ」と宮下に謝罪を要求した。

「マウンドまでは来ないと思っていましたが、クロマティを止めてくれるはずの武志は、転がったボールを拾いに行っているじゃありませんか。約束が違うじゃないかと思いながらも、謝るつもりはなかった。失投なら謝るが、こっちは当てに行っている。謝ったら筋が通りません。それに英語もわからなかったし(笑い)」(宮下)

 そんな宮下の態度にクロマティが激昂、マウンドに向かうと強烈な右ストレートを宮下の顔面に炸裂させた。

「目の前に来たときは『やばい』と思いましたが、気がついたときはパンチを食らっていました。当時の野球選手はみんな殴られ慣れていたので、私もとっさに受け身をしていた。ダメージはなかったから続投させてほしいと言いましたが、診断書をもらってこいと病院に行かされました。星野さんは乱闘を予想していたのか、次のピッチャーをすでに準備させていたんですよ(笑い)」(宮下)

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