また、クラスの中で孤立する少女が、海を望む女子校に〈海岸線の碑〉を見つけ、用務員の女性から〈元々はここが海の境目〉と教えられる「蟹」も見事。女性は言う。
〈思ったら不思議よね。埋めて固めてから、上に学校やら家やら道路やら作って誰のだ彼のだって切り分けて〉〈今も埋め立て工事しよるでしょう〉〈子供のころに大人になったら終わっとるんじゃろう思って、自分が子供産んだころはこの子が大人になったら終わっとるんじゃろう思って、でもまだまだみたいなね、むしろどんどん終わりが遠くなりよるみたいなね〉
道理でその海の跡地には小さな蟹が無数に押し寄せ、人知れず卵を産んだりしていた。そのささやかな営みに気づき、今まで見えていなかったものが視点や認識次第で姿を現わす瞬間は、裏を返せばいかに私たちが何も見ていないかを物語る。
「私も集団生活にはずっとなじめないほうでした。でも最初の会社を辞めた時に、なんだ、辞めても貧乏になるだけなのか、と視界がパッと開けた気がしたんです。人は人とわかり合えないし、虫や草ともわかり合えない、そのどこが不幸なんだろう、娘ともわかり合えない方が普通で、わかりすぎるよりイイことじゃないかって。
今は封建的な空気が部分的に残る過渡期の時代ですが、世代間の常識の違いなどの理由では、若い人たちには不幸になって欲しくないと思います。どんな生き方もあっていいし、どんな生き物の在り方も、批判する気になれないんです」
何気ない虫や草や人々の営みを書く行為自体、その存在を肯定しているともいえ、よくよく見れば豊かで滑稽でとりとめもない庭に自らしゃがみこむような、発見に事欠かない小説集だ。
【プロフィール】おやまだ・ひろこ/1983年広島生まれ。広島大学文学部卒。会社員や派遣社員を経て、24歳で結婚。夫の勧めで小説を書き始め、2010年「工場」で第42回新潮新人賞を受賞しデビュー。2013年に単行本『工場』で第30回織田作之助賞、2014年「穴」で第150回芥川賞。現在も広島市在住でカープファン。「今年は本棚に積んである『白鯨』とか『失われた時を求めて』とか、本を読む時間を取ろうと思って。やっぱり読まないと書けないので」。162cm、B型。
■構成/橋本紀子 ■撮影/三島正
※週刊ポスト2018年4月20日号